
1. はじめに
本コラムの目的と背景
本連載では、飲食業における人事評価制度の役割や設計・運用のポイントを、職種ごとに深掘りしてきました。これまでに、
- 第1回:飲食業全体が抱える人事課題と、人事評価制度の基本的な重要性
- 第2回:評価制度を導入するメリット・デメリットと成功事例
- 第3回:ホールスタッフ職向けの評価制度のポイントと事例
- 第4回:厨房スタッフ職向けの評価制度のポイントと事例
- 第5回:料理長職向けの評価制度のポイントと事例
を取り上げ、飲食業の中でも各ポジションの特性や難しさを考慮した人事評価の設計・導入方法を紹介しました。
今回の第6回では、「マネージャー職」にフォーカスします。飲食業におけるマネージャーは、店舗全体の売上管理やスタッフ育成、サービス品質の向上、時には複数店舗の統括など、非常に幅広い業務領域を担います。このポジションに対する評価制度をどう設計・運用するかは、店舗の業績や組織力を左右する大きなカギとなります。
マネージャー職を取り巻く課題と重要性
マネージャーは「店舗運営の要」でありながら、属人的な働きぶりに頼らざるを得ないケースが多いのが実情です。優秀なマネージャーは複数の店舗を掛け持ちしながら売上を上げ、スタッフをケアし、さらに店舗経営の最前線でトラブルを解決していきます。しかし、
- マネージャー個人のスキルや経験値に依存してしまう
- 店舗数が増えるほど、一人ひとりの評価が曖昧になりやすい
- 組織として「何を成果」と捉えるのかが不明確になりやすい
といった問題が起きがちです。その結果、マネージャー本人が自分の役割を過大に感じ、**「これ以上どう頑張ればよいのか分からない」**という状況に陥ることもあります。また、トップダウンの評価基準がないと、従業員から見ても「マネージャーが何を基準に物事を判断しているのか分からない」と不透明感が高まり、組織の不協和音につながる恐れがあります。
飲食業における「マネージャー職」への人事評価制度の導入状況
マネージャー職の評価が後回しにされやすい理由
- 店舗・現場優先の文化
飲食業では、どうしても日々の売上や現場オペレーションの安定が優先されやすく、マネージャー職の評価基準づくりには後手に回りがちです。 - 業務範囲の広さと抽象度の高さ
売上管理、スタッフ育成、ブランド戦略への貢献、複数店舗の監督など、マネージャーが関わる業務は多岐にわたります。具体的な指標を設定しないまま“全体を見てほしい”という漠然としたオーダーになりがちです。 - 評価基準が曖昧になりやすい
店長や料理長の評価項目は比較的具体化しやすい(売上や料理の品質など)一方、マネージャーは「複数店舗の数字をどう分析・改善するか」や「本部との連携状況」といった抽象度の高いミッションが多く、評価制度の整備が難しい傾向にあります。
経営者・人事担当者が感じる評価の難しさ
- 「店舗責任者より上のポジションだが、成果をどこまで求めればいいのか?」
- 「数字の目標以外に、スタッフ育成やブランド戦略など定性的な部分をどう評価すべきか?」
- 「会社としてどんなマネージャー像を目指しているのかが曖昧になっている」
こうした声は、飲食業界の多くの企業で見られます。次の章では、マネージャー職が抱える評価上の難しさをさらに分析し、その対策を提示していきます。

2. マネージャー職の評価が難しい理由とその対策
マネージャー職の人事評価が難しい3つの事情
- 複数店舗や広範囲な業務を統括する必要がある
マネージャー職は、単一店舗の数値だけを見るのではなく、複数店舗の状況を把握し、それぞれに対して適切な指導を行わなければなりません。店舗間で売上規模や顧客層、スタッフ数、地域性が異なる場合、一律の評価基準で成果を測るのが難しいのです。 - 定量と定性のバランスを取りづらい
売上や利益率といった定量指標だけでなく、スタッフの定着率、接客品質の改善、店舗ブランドの向上など、定性的な要素も大きな責任の一部となります。どの要素を重視するかが企業ごとに異なるため、評価設計が複雑化しがちです。 - マネージャー自身のマネジメントスタイルが属人的になりやすい
飲食業界のマネージャー職は、過去に優秀な店長経験や料理長経験を持つ人材が就くケースが多く、自分の経験則をベースに独自のスタイルを確立している場合があります。そのため、評価基準を定めても「自分のやり方に合わない」と感じ、抵抗感を持たれることがあります。
課題を解決するための3つの基本アプローチ
- 企業理念や経営方針を明確化し、マネージャー像を定義する
- まずは会社として「マネージャーに何を求めるのか」を言語化し、数値目標だけでなく、行動指針や価値観を共有します。
- 「複数店舗の売上を安定的に伸ばす」「スタッフ定着率を高め、店舗運営を円滑化する」「店舗ブランドの質を統一・向上させる」といった目標を整理することで、評価基準のブレを抑えることができます。
- 定量と定性の項目をセットで設計する
- 定量評価:売上、利益、客数、原価率、スタッフの離職率など、客観データに基づく指標を設定。
- 定性評価:リーダーシップやスタッフ育成力、ブランド戦略への貢献度、トラブルシュート能力など、行動や成果を具体的な事例で評価。
- 定量と定性の両面を組み合わせることで、マネージャーの総合力を把握しやすくなります。
- 評価者研修や定期レビューで制度を運用しながらブラッシュアップ
- マネージャー職を評価する上司(エリア統括や経営陣)が評価基準をしっかり理解し、定期的にレビューを実施する体制が欠かせません。
- 「評価ポイントや基準がずれていないか」「会社の方向性とマネージャーの成果が噛み合っているか」を見直し、制度を柔軟にアップデートしていくことで、不満や不信感を最小化できます。

3. マネージャー職向けの人事評価制度設計ポイント
ここでは、マネージャー職の評価設計を行う際に考慮すべきポイントを、「定量評価」「定性評価」「評価結果の活用方法」に分けて解説します。
定量評価の主要ポイント3選
- 複数店舗の売上・利益成長率
- マネージャーが担当する各店舗の売上・利益をモニタリングし、前年対比や目標対比の達成度を評価に組み込みます。
- 単に「数字が上がったか否か」だけではなく、「各店舗での改善策がどう実行され、成果に結びついたか」を把握することで、マネージャーの働きかけが明確になります。
- スタッフ定着率・離職率
- 店舗ごとのスタッフ離職率や定着率の改善度合いは、マネージャーのマネジメント力をはかる指標の一つです。
- 特に、複数店舗の人員配置や採用計画の統括にマネージャーが関わる場合、スタッフを適材適所に配置し、離職を減らせるかは重要な成果となります。
- 顧客満足度(CS)やクレーム件数の推移
- マネージャーが店舗スタッフや店長と連携し、サービス品質を改善する力を評価するために、顧客満足度調査やクレーム件数の推移を見ます。
- クレーム対応のマニュアル整備や店舗間の情報共有など、横断的な改善施策を行った結果が数値に表れるかを追跡しましょう。
定性評価の主要ポイント3選
- リーダーシップ・チームマネジメント
- 複数店舗を統括する際に必要なリーダーシップやコミュニケーション能力を評価します。具体的には、「店長会議やスタッフミーティングでの仕切り」「トラブル発生時の対応」「情報共有のタイミングや質」などを観察し、事例ベースで評価すると説得力が増します。
- 組織開発・人材育成への貢献度
- マネージャーが店長・スタッフの成長をどの程度サポートしているかも重要です。定期的な面談や研修企画の提案、スキルマップの作成と運用といった具体的な行動を評価対象に含めると、育成風土を醸成しやすくなります。
- 経営視点・数値管理力
- 飲食業で働く従業員全体が経営視点を持つ必要はありませんが、マネージャー職には「店舗全体の収支バランス」「マーケティング戦略」「新規出店計画」といった経営的観点が求められます。
- 例えば、「原価率改善のための施策立案」「客単価アップのためのメニュー戦略」を考え、店長や料理長に落とし込めているかなどを評価することで、“単なる中間管理職”から“経営幹部候補”へ成長できる環境をつくります。
評価結果の活用方法
昇給や賞与だけではなく、キャリアパス構築に活かす
- マネージャー職の次のキャリアとして、エリア統括マネージャーや本部管理職などを設定し、評価結果をもとに昇格要件をクリアしているかを判断できるようにします。
- 逆に数値目標が大きく未達だったり、スタッフからの不満が多い場合は、本人にフィードバックし、具体的な改善計画を一緒に練ることで再チャレンジの機会を与えることが重要です。
スキルマップや資格取得支援制度との連動
- マネージャー職がさらに上位の経営幹部やSV(スーパーバイザー)的な役割を目指すために必要なスキル(マーケティング知識、労務管理の専門知識など)を洗い出し、スキルマップに落とし込むと本人の学習意欲を高めやすくなります。
- 外部セミナーや資格取得を会社が支援する制度を整備し、評価結果と連動させることで、持続的な人材育成の仕組みを構築できます。
4. マネージャー職向け 人事評価制度の活用事例
ここでは、実際にマネージャー職に対して評価制度を導入し、成果を上げた事例を2つご紹介します。
事例1
導入背景
G社は都心部で複数のカフェ・レストランを展開。店舗数が10以上に増えたタイミングで、店長の上位ポジションとしてマネージャーを配置しました。しかし、従来は店長個人の判断に任せていた業務が多く、マネージャーも各店舗の状況を正確に把握する仕組みがなく、結果として「担当店舗を回っても改善ポイントが分からない」「具体的な指導ができない」という状態に陥っていました。
導入内容
- 担当店舗ごとのKPI設定と月次レポート化
- 売上、客数、原価率、スタッフ離職率など、担当する店舗それぞれで達成すべきKPIを設定。
- マネージャーは月ごとのレポートを本部に提出し、店長との面談内容や改善施策を報告するルールを確立。
- 定性評価として「店長面談・育成実施状況」を加点方式に
- マネージャーがどれだけ店長と深いコミュニケーションを取り、スタッフ育成に寄与しているかをチェック。
- 面談の頻度や内容、店長・スタッフからのフィードバックを評価項目に加え、複数のマネージャー間で比較・学習できるよう工夫。
- 四半期に一度の「マネージャー会議」を開催
- 各マネージャーが担当店舗の成果や課題を共有し、情報交換や成功事例の展開を行う場を設ける。
- 会議で出たアイデアを本部が吸い上げ、全店舗へ展開するフローを作ることで、マネージャーによる改善活動を企業全体に広げた。
導入結果
- 店舗間でのオペレーション格差が減少し、同じ課題を抱える店舗同士が連携してノウハウを共有するようになった。
- マネージャーの評価基準が明確になったことで、本人たちも「どこを改善すれば評価されるか」「どんな行動が会社に貢献するか」がはっきりし、指導力やスタッフ育成への意識が高まった。
- 組織全体の離職率が1年で約5ポイント改善し、サービス品質を安定的に保てるようになった。
事例2
導入背景
H社は地方都市でファミリー向けレストランを複数運営。店舗数の拡大に伴い、エリアマネージャーを新設したが、それぞれのマネージャーが「とりあえず数字を追う」ことばかり意識し、スタッフ育成やブランド向上といった定性的要素が疎かになっていました。
経営者としては「数値改善だけでなく、従業員満足度や顧客満足度にも責任を持ってほしい」と考えていたものの、具体的な評価指標がなかったために、マネージャー陣と意識のズレが生じていました。
導入内容
- 二軸評価(数値達成&行動評価)の導入
- 売上・利益・客数などの数値目標と、スタッフ定着率・顧客クレーム件数削減・研修企画の実施状況などの行動評価を同等に扱うことを宣言。
- 各マネージャーは「どのくらい数値目標に寄与したか」と「どんな行動でスタッフや店舗のサービス向上に貢献したか」をレポートで報告する制度に変更。
- 店長・スタッフの声を評価に反映する仕組み
- マネージャーの評価プロセスで、担当店舗の店長やスタッフからの匿名アンケートを一部参考に加点・減点する方式を導入。
- “マネージャーがいる時だけ頑張る”のではなく、普段からのサポート姿勢やコミュニケーションが評価されるよう配慮した。
- 半年ごとの面談でキャリアプランを明確化
- 経営者や上級幹部がマネージャー一人ひとりと面談し、評価結果に基づいて今後のキャリアパス(より広いエリアの統括、店舗開発部門への異動など)を提案。
- 本人の希望と会社の期待をすり合わせ、次の半年でどのような行動と成果を目指すかを合意形成するスタイルを確立。
導入結果
- マネージャーが店長やスタッフとのコミュニケーションを重視するようになり、従業員満足度(社内アンケート調査)で約15%の向上が見られた。
- 顧客クレーム件数も平均で2割程度減少し、CS(顧客満足度)スコアも上昇。ファミリー層のリピーターが増加するなど、数値面にも好影響を与えた。
- マネージャー陣が定期的に会社の期待と自分のキャリアをすり合わせることで、離職リスクや目標のブレが減少。長期的視野で組織貢献しようという意識が高まった。

5. まとめ
本コラムのポイント
- マネージャー職特有の評価項目の設定
- 複数店舗の売上や利益だけでなく、スタッフ定着率や顧客満足度、ブランド戦略への寄与度など、定量と定性をバランスよく盛り込む。
- 経営方針や企業理念を明確化し、それに基づいて「どんなマネージャー像を理想とするのか」を言語化することが重要。
- 制度導入・運用における今後のステップ
- 評価制度の継続的な見直し(経営方針・事業規模の変化に合わせる)
新規出店や業態変更、スタッフ数の拡大など、事業環境が変わるたびに評価制度をアップデートし、常に現場と経営目線の両軸を反映させる。 - キャリアパス制度との連動性を強化して次世代人材の育成
マネージャーのその先(エリア統括、本部管理職など)を明確に提示し、評価結果をもとに昇格を判断。本人の成長意欲を高め、組織に長期的に貢献できる仕組みをつくる。 - マネージャー職特有の事情を考慮した人事評価で業績向上を狙う
マネージャーが属人的に働くのではなく、評価基準を周知・運用することで「会社全体の期待」と「現場の実状」を結びつける。これにより、スタッフ育成・サービス品質改善・売上向上が同時に進み、最終的に組織全体のパフォーマンスが底上げされる。
- 評価制度の継続的な見直し(経営方針・事業規模の変化に合わせる)
おわりに
飲食業のマネージャー職は、現場のオペレーションやスタッフ育成、さらには複数店舗の経営戦略までも視野に入れた、非常に重要なポジションです。しかし、その働きぶりを正しく評価するには、企業理念や経営戦略、複雑な店舗運営の現実を踏まえた制度設計が欠かせません。本コラムで紹介したポイントや事例を参考に、ぜひ貴社・貴店のマネージャー評価制度を検討・改善してみてください。
人事評価制度を効果的に導入し、マネージャーが最大限に能力を発揮できる環境を整備することは、中長期的な人材育成と業績向上に大きく貢献します。第1回から第6回まで続いてきた本連載コラムで、飲食業における人事評価制度の意義や設計ノウハウを幅広くお伝えしてまいりました。各職種・役職がそれぞれの特性を理解しあい、公平で納得感のある評価を通じて着実に成長していく――そんな組織文化をつくり上げる一助となれば幸いです。
今後も、飲食業の経営に役立つ情報や事例を発信していきますので、ぜひチェックしてみてください。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
