1. はじめに
本コラムの目的と背景
本コラムでは、これまでの連載(第1回~第3回)で取り上げてきた「飲食業の人事評価制度」の考え方や導入メリットをさらに深掘りし、厨房スタッフ職に焦点を当てた評価制度の設計・運用ノウハウをご紹介します。前回の第3回ではホールスタッフを例に、評価項目や実践事例を解説しましたが、同じ飲食業でも「厨房スタッフ職」の評価はまた異なる課題を抱えがちです。
- 第1回では、飲食業特有の人事課題と人事評価制度の基本的なポイントを概説。
- 第2回では、評価制度導入のメリット・デメリットや事例を紹介。
- 第3回では、ホールスタッフに着目し、評価が難しい要因や設計のコツ、成功事例をまとめました。
今回は、「厨房スタッフ職を取り巻く課題」「評価を設計・運用するうえでの要点や具体的事例」について取り上げていきます。
厨房スタッフ職を取り巻く課題と重要性
飲食店にとって、厨房は料理のクオリティや効率性、コスト管理に直結する重要なセクションです。料理の味や見た目、提供スピード、衛生管理などは、店舗の売上・評判に大きな影響を与えます。一方で、ホールスタッフと異なり「直接お客様と接する機会が少ない」ことから、その働きぶりが評価制度に反映されにくいケースがあります。
さらに、厨房スタッフは調理や仕込み、在庫管理など、専門性の高い業務を担うため、評価項目があいまいだと本人のモチベーションが下がったり、離職につながるリスクもあります。「頑張っているのに報われない」「どの基準で評価されているか分からない」といった不満を防ぐためにも、厨房スタッフ向けの適切な評価制度が必要です。
飲食業における「厨房スタッフ職」への人事評価制度の導入状況
厨房スタッフ職の評価が後回しにされやすい理由
- 可視化しづらい業務特性
- 接客数やアンケート結果など、ホールスタッフのような定量的指標が少なく、調理技術やオペレーション効率など定性的要素が大きい。
- 専門スキルを正しく測るための評価基準作りが難しい
- 切り方、盛り付け、温度管理などの品質基準が店舗や料理長によって異なりやすく、標準化が進みにくい。
- オーナー・経営者が厨房業務を把握しきれない
- 多店舗展開や忙しさのあまり、現場任せになり、「いつも頑張っているから良し」と大雑把な評価に終わる場合がある。
経営者・人事担当者が感じる評価の難しさ
- 「新人からベテランまでスキル差が大きく、横並びの評価がしづらい」
- 「調理技術を数値化する方法が分からない」
- 「仕込みや衛生管理など裏方業務が多く、正当に評価できているか不安」
- 「料理長や店長の主観に依存して、客観性を保つのが難しい」
こうした課題を解消し、厨房スタッフのモチベーションを高めながら店舗全体の業績向上につなげるには、現場の実態に合った人事評価制度が不可欠です。本コラムでは、その基本的な考え方と具体例を整理していきます。

2. 厨房スタッフ職の評価が難しい理由とその対策
厨房スタッフ職の人事評価が難しい3つの事情
- 専門スキルの可視化が難しい
仕込みから盛り付けまで、調理の工程は多岐にわたります。たとえ一つのレシピを覚えても、応用力や在庫管理の知識が必要になる場面も多く、「どこまでできれば一人前か」の基準を設定しづらいのが実情です。 - 品質とスピード、どちらを優先すべきかのバランス問題
飲食店では、ピークタイムの提供スピードが売上に直結します。一方で、品質や衛生管理を疎かにすればクレームや安全上のリスクが生じます。スタッフによって得意・不得意の偏りがあり、それを評価にどう盛り込むか悩ましいところです。 - バックヤード業務が評価されにくい
キッチン内の掃除や機器のメンテナンス、ゴミの分別、在庫管理など、直接“売上”に直結しないように見える業務が多々あります。しかし、こうしたルーティン作業が不十分だと、衛生面やコスト面で後々大きな問題が起きる可能性があります。これら“目立たない仕事”を評価制度の中でどのように扱うかが難しいポイントです。
課題を解決するための3つの基本アプローチ
- 工程を分解し、各ステップを明確化する
- 仕込み、調理、盛り付け、在庫管理など、キッチン業務を一連の工程に分解し、「どこをどの程度のレベルでできるか」を整理します。
- 「初級(基本動作ができる)」「中級(応用がきく)」「上級(新メニューの開発に参加できる)」など、スキルレベルを段階的に可視化することで、スタッフ自身も目指す姿を明確にできます。
- 定量と定性を組み合わせた評価指標を設定
- 食材ロス率や原価率、仕込み時間の目標などを数値化しつつ、衛生管理やチームワークなど定性的要素も適切に盛り込む。
- 料理長や店長がスタッフを観察し、具体的な事例や行動を評価メモに残す仕組みを整えると、主観の偏りを抑えやすいです。
- 定期的なフィードバックサイクルを確立する
- 繁忙期を避けたタイミング(例:月1回、もしくは四半期ごと)で面談や評価レビューを行い、課題点と次のステップを話し合う。
- 新人や経験浅いスタッフには、こまめに声がけをし、疑問点を解消する場を設けると定着率が向上する。

3. 厨房スタッフ職向けの人事評価制度設計ポイント
定量評価の主要ポイント3選
- 食材ロス率・原価率
- 「仕込みでどれだけロスを出しているか」「在庫管理が適切に行われているか」を数値で把握する。
- 料理長や店長が定期的に発注量と実際の廃棄量をチェックし、スタッフ単位・チーム単位でロス削減に取り組む指標とする。
- 提供スピード・調理時間
- ピークタイムにどれくらいの料理を捌けるか、平均提供時間が短縮しているかなどをモニタリングする。
- ただし、スピード評価だけに偏ると品質低下を招くリスクがあるため、他の指標(衛生管理・クオリティ)と合わせてバランスを取る。
- 衛生チェックリストの遵守度
- 店舗や企業独自の衛生管理基準(調理器具の消毒頻度、冷蔵庫の温度管理、手洗いルールなど)をリスト化し、スタッフが正しく実行できているかを確認する。
- 遵守度を定期的に数値化し、衛生面で問題が起きた際は早期に改善を促す。
定性評価の主要ポイント3選
- 調理技術・料理の仕上がり
- 味・見た目・温度・盛り付けの美しさなど、総合的な「料理品質」を評価する。
- 新人からベテランまで段階的に基準を設け、例:レシピを忠実に再現できる→トラブル時も対応できる→新メニュー開発にチャレンジできる…とスキルを上げていく。
- 衛生意識・清掃習慣
- 食材の保存方法や廃棄ルールを守っているか、調理器具・冷蔵庫の清掃頻度は適切かを観察し評価する。
- 厨房スタッフ同士で清掃分担やチェックをし合うなど、チーム全体で衛生意識を高める仕組みづくりが重要。
- チームワーク・マネジメント力
- 忙しい時間帯にスタッフ同士でどのように連携を取っているか、的確な指示出しやサポートができているかを評価。
- キッチン内でリーダーシップを発揮できるスタッフは、将来的に料理長や管理職へのキャリアアップが期待される。
評価結果の活用方法
昇給や賞与だけではなく、キャリアパス構築に活かす
- 厨房スタッフが将来的に料理長やメニュー開発担当を目指す際、「どのスキルをどれだけ伸ばせば昇格できるのか」を明確にすることで、スタッフの意欲や成長速度が向上します。
- 評価結果をもとに、目標管理シートやスキルアップ計画を作成し、定期的に見直すと、昇給や賞与といった処遇に直接反映しやすくなります。
スキルマップや資格取得支援制度との連動
- 例えば、調理師免許、食品衛生責任者など、飲食業界の資格取得や研修受講を支援する制度を用意すると、スタッフの学習意欲が高まります。
- スキルマップ上で「どの資格を取得すると、どの業務を担当できるようになるか」を示し、資格取得→昇格や時給アップといったインセンティブをつなげることで、定着率向上と組織の専門性強化が期待できます。
4. 厨房スタッフ職向け 人事評価制度の活用事例
事例1
導入背景
C社は都市部で4店舗の和食レストランを展開しており、全店舗に共通メニューを提供しています。どの店舗も夜のピークタイムは予約客で忙しく、仕込みや在庫管理のミスが多発していたことが課題でした。さらに、厨房スタッフの離職率も高く、新人教育に追われて現場が疲弊している状況でした。
「適切な基準がないまま、料理長や先輩の感覚で教わっている」
「誰がどこまでスキルを習得しているのか分からない」
といった問題が表面化し、「キッチン作業の標準化とスタッフ評価の透明化が必要だ」と判断して、評価制度導入に踏み切りました。
導入内容
- 「仕込み〜盛り付け」までの工程を段階的に可視化
- メニューごとに工程表を作成し、初心者が覚えるべき手順から上級者が担当する盛り付けアレンジまで、項目を細かく分解。
- スタッフは各工程を習得するたびにチェックリストをクリアし、スキルレベルが上がる仕組みにした。
- 定量データとして「在庫ロス率」「衛生チェック」を導入
- 毎月、店舗ごとの在庫ロス率を数値化し、スタッフ単位で改善提案を検討。ロス削減につながったスタッフにはインセンティブを付与。
- 衛生チェックリストを週1回、料理長と担当スタッフで確認し、不合格項目があれば即フィードバック。
- 四半期ごとの面談で将来のキャリアを話し合う
- 評価結果は料理長が一次評価し、本社の人事担当者が二次評価する仕組みを採用。
- 四半期ごとの面談で「どの工程をマスターしたのか」「次に身につけたい技術は何か」をスタッフと話し合い、キャリアビジョンを描きやすくした。
導入効果
- 在庫ロス率が1年で平均5%改善し、食材コストを圧縮。
- 厨房スタッフの定着率が向上し、新人の離職が特に減った(半年以内離職率が3割→1割へ)。
- スタッフの成長状況が見える化したため、「次に何を教えればいいか」が明確になり、料理長や店長の負担も軽減された。
事例2
導入背景
D社は郊外型のイタリアンレストランを2店舗経営。席数が多くファミリー層の来客が多いため、ピークタイムの調理スピードとオペレーション効率が最重要課題でした。しかし、既存の評価基準があいまいで、スタッフ同士で「誰がどの役割を担うのか」が明確に決まっておらず、混雑時には度々オペレーションが崩壊する事態に。
「忙しいから急いで作れ」だけだと品質が下がり、クレームや提供ミスが発生。逆に品質を重視しすぎるとお客様を待たせる時間が長くなる。こうしたジレンマを解決するために、明確な評価軸と役割分担を整備する必要がありました。
導入内容
- 「調理スピード」と「品質」のバランスを数値・行動の両面で設定
- 提供時間の平均値やピーク時の調理件数を週ごとに測定し、一定基準をクリアしたスタッフを「スピード評価でプラス」する仕組みを導入。
- ただし、クオリティが大きく落ちたり、クレームが発生した場合は減点対象とすることで、極端なスピード偏重を防ぐ。
- バックヤード作業(洗い物・清掃・機器メンテ)のチェックリスト導入
- 厨房機器のメンテナンスや掃除は特定のスタッフに負担が偏りがちだったため、作業リストをチーム全員で共有し、実施状況を評価に組み込む。
- 清掃やメンテの“貢献度”が高いスタッフには追加インセンティブをつけることで、裏方作業へのモチベーションを確保。
- 月1回のミーティングで改善策をディスカッション
- 店長・料理長・スタッフが一堂に会し、先月のデータ(提供スピード、クレーム件数、ロス率など)を振り返る場を設定。
- ミーティングでは「どうすればさらに効率よく回せるか」「新人スタッフの育成をどう進めるか」など具体的な改善策を話し合い、出たアイデアをすぐ実行に移せるよう仕組み化。
導入効果
- ピーク時の平均提供時間が25%短縮され、お客様の満足度(アンケート)も向上。
- 清掃やメンテナンスが行き届くようになり、衛生検査や設備トラブルなどのリスクが低減。
- スタッフが月1回のデータ共有によって「自分の仕事がどう店舗運営に影響しているか」を理解しやすくなり、モチベーションアップにつながった。

5. まとめ
本コラムのポイント
- 厨房スタッフ職特有の評価項目の設定
- 調理スキル(味・見た目)、食材ロス率、衛生管理、オペレーション効率など、「キッチン業務」に直結する具体的な指標を設ける。
- バックヤード業務やメンテナンスなど“目立たない”業務への貢献も、定量・定性評価に組み込み、公正に評価する。
- 定期的なフィードバックとキャリアパス設計が重要
- 専門性が高い分、スタッフごとに伸ばすべきスキルが異なる。面談やミーティングで個々に合わせた指導・目標設定を行い、昇給や役職登用につなげる。
- 資格取得支援制度やスキルマップを連動させると、スタッフの成長意欲を高めやすい。
制度導入・運用における今後のステップ
- 評価制度の継続的な見直し(経営方針・事業規模の変化に合わせる)
- 新メニューの追加や複数店舗の展開など、事業環境が変われば必要なスキルも変化します。定期的に評価項目を更新し、現場の声を取り入れながら柔軟に制度をアップデートしましょう。
- キャリアパス制度との連動性を強化して次世代人材の育成
- 厨房スタッフが料理長やメニュー開発、店舗管理などにステップアップする道筋を明確に示すことで、優秀な人材の流出を防ぎます。
- 評価制度を“昇格・昇給の根拠”として活用し、本人の努力が報われる仕組みを確立することで、企業全体の成長を後押しします。
- 厨房スタッフ職特有の事情を考慮した人事評価で業績向上を狙う
- 調理時間の短縮やロス削減などは、コストコントロールと顧客満足度の向上に直結し、業績アップにつながりやすい。
- 衛生管理やチームワークが強化されればクレームや事故リスクが減り、ブランドイメージの安定にも寄与します。
おわりに
本コラム(第4回)では、飲食業における厨房スタッフ職の評価制度について、難しさの要因から具体的な設計ポイント、活用事例までをまとめてご紹介しました。ホールスタッフとは異なり、直接お客様と対面しない分、厨房スタッフの業務は見えにくい部分が多いものの、店舗運営の根幹を支える重要な役割を担っています。
- 工程を細分化して“見える化”する
- 定量指標(ロス率・提供スピード・衛生チェック)と定性評価(調理技術・チームワーク)のバランスを取る
- 定期的なフィードバックとキャリアパス構築でスタッフの成長を促す
これらの工夫によって、厨房スタッフのモチベーションを高めながら、店舗全体の生産性・顧客満足度を向上させることが可能です。
次回以降も、飲食業における人材マネジメントや評価制度のさらなる活用術を取り上げていく予定です。ぜひ連載を通じて、貴社・貴店の経営や人材育成のヒントを見つけていただければ幸いです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
