建設業に特化!設計職に活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介

第6回:「建設業に特化!設計職に活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介」

設計職は創造性と論理性を同時に求められる特殊なポジション。「デザイン面の独創性」「法令遵守とコスト意識」「クライアントとの折衝能力」など、多角的な評価が必要になります。

本コラムでは、設計職を対象とする評価制度が抱える課題を整理し、成功ポイントや具体的な評価例を紹介します。たとえば、新技術(BIM/CIMなど)への対応力や、プレゼンスキルをどう評価するか、といった実践的な視点が満載です。社員のスキルを正当に評価し、組織の成長へと繋げるヒントとなれば幸いです。


目次

1. はじめに

本コラムの目的と背景

  • これまでの連載の振り返り
  • 設計を取り巻く課題と重要性

これまでのコラムでは、建設業界の人事評価制度における基礎的な考え方や、現場職や施工管理、事務職などに特化した評価方法を詳しく解説してきました。いずれの職種においても、建設業は専門性が高く、多様な職務が存在するため、一律の評価基準では現場の実情に合わず、結果的に社員のモチベーションや人材定着に悪影響が及ぶ可能性が高いという共通の課題があります。そこで、職種ごとの特性をしっかりと踏まえた評価項目や運用手法を整えることが、人材戦略の要として重要視されてきました。

今回のテーマは「設計職」です。建築物のプランニングから図面作成、顧客との打ち合わせや法令遵守に関する確認など、多岐にわたる業務を担う設計職は、建設プロジェクトの成否を大きく左右する存在です。とはいえ、その成果が直接的に目に見えない段階が長く、評価の基準をどのように設定すべきか悩む経営者・人事担当者も少なくありません。さらに、設計職はクリエイティブな要素と論理的な要素が交錯する職務でもあり、評価をする側がその専門性を十分に理解していないと、適切な判断が難しくなるケースも多いでしょう。

本コラムでは、設計職を取り巻く課題や重要性を改めて整理したうえで、どのように評価制度を構築し、運用していけば設計者の成長と企業の業績向上を両立できるのかを解説します。企業規模やプロジェクト内容により細かいカスタマイズは必要になりますが、設計職の特性を踏まえた指針として、ぜひ参考にしていただければ幸いです。

建設業における「設計職」への人事評価制度の導入状況

  • 設計職の評価が後回しにされやすい理由
  • 経営者・人事担当者が感じる評価の難しさ

実際、建設業界では、施工や現場管理の評価制度を先に整備し、設計分野の評価は後回しにしている企業も少なくありません。工期遵守や安全管理など、目に見えやすい成果指標がある職種と比べると、設計職の仕事は図面や発想力、対外折衝能力など、多くの要素が絡み合って「成果」となるため、一元的な評価が難しいのです。さらに、顧客の要望や設計のデザイン性、法令に準拠した仕様を満たすかどうか、BIM/CIMなど新技術の活用状況など評価要素は多岐にわたります。

その結果、経営者や人事担当者からは「設計の良し悪しをどう判断すればいいのか」「デザイン性やアイデアの独創性を客観的に評価しづらい」「ソフトウェアの使いこなしや、現場との調整力まで含めて評価するべきだろうが、項目が膨大になってしまう」といった声が挙がってきます。次章では、こうした設計職特有の評価が難しい理由を3つにまとめ、解決へ向けた基本的なアプローチを提示します。


2. 設計職の評価が難しい理由とその対策

設計職の人事評価が難しい3つの事情

1)成果が長期的かつ複合的に現れる
設計図面は施工が進行する段階になって初めて実体化します。しかも、設計はデザイン性や機能性、コストや工期、安全性など、複数の要素を同時に満たす必要があるため、どの視点を基準に評価するかが曖昧になりがちです。加えて、完成後に使い勝手や不具合が見つかった場合、その要因が設計段階にあったのか施工段階にあったのか判断しづらいケースもあるため、評価のタイミングや対象範囲が不透明になります。

2)創造性と法令遵守が求められるため客観基準の策定が困難
設計職は、クリエイティブなアイデアを形にしながら、建築基準法や各種規制・条例を遵守していく業務です。「独創性を重視しすぎるとコストがかさむ」「規制順守にとらわれすぎると差別化要素が失われる」など、バランス感覚が求められる分野であり、一定の成果基準を設けにくい領域と言えます。

3)評価者が設計職の専門性を理解しづらい
企業のトップや人事担当者が必ずしも設計の専門家であるとは限りません。CADソフトの使用技術からBIM/CIMの知識、建築に関する法規、構造設計の理論など、深い専門知識が必要となる場面も多く、評価者側がそのレベルに達していない場合、どうしても表面的な指標(納期や変更回数など)に依存する評価になりがちです。

課題を解決するための3つの基本アプローチ

1)多面的な指標の設定
設計職に対する評価では、単一の指標だけでなく「技術的な正確性」「創造性(デザイン性)」「コスト意識や工期意識」「法令遵守」「コミュニケーション力」など、複数の観点で評価を行う必要があります。これにより、一面だけに特化して高評価を得るのではなく、総合的なバランスを持った設計者を育成できるようになります。

2)評価者が設計の実務を理解する仕組みづくり
経営者や人事担当者が設計者の業務をより正しく理解できるよう、プロジェクト進行中の図面レビュー会やオンラインの進捗報告など、評価者が途中経過を確認できる機会を設定しましょう。社内エンジニアリングレビューなどを定期的に開催し、専門的な視点と経営的な視点をすり合わせる場を持つことで、評価の公平性・正確性が向上します。

3)フィードバックを重視し、設計者の成長を促す
評価は結果を通知するためだけにあるのではなく、設計職のスキルアップやキャリア形成を後押しするためのツールでもあります。評価者は具体的な改善点や好事例をフィードバックするとともに、本人が新しい技術や資格に挑戦する際のサポート体制を整えるなど、今後の目標を明確に示してあげると良いでしょう。


3. 設計職向けの人事評価制度設計ポイント

設計職の評価では、定量評価と定性評価をバランスよく取り入れ、なおかつ専門性や法令遵守、チーム連携など、多角的に見る視点を組み込むことがカギとなります。以下では、そのポイントを具体的に整理してみましょう。

定量評価の主要ポイント3選

1)工期・予算内での設計完了率
設計図の提出期限を守れるか、または事前に計画された工数・予算を超過しないかといった指標は比較的導入しやすい定量評価です。ただし、設計変更が生じる場合の原因が外部要因(施主の要望変更、法改正など)にある場合も多いので、その点を考慮して「担当者の責任範囲がどこまでか」を明文化し、不当な評価にならないよう配慮が必要です。

2)エラーや不備の発生件数
設計データや図面におけるミスや不備が、施工段階で発覚すると大きなコスト増や工期延長につながります。CADソフトの使用ミス、構造計算や法規チェックの不備などを記録し、「どれくらいのエラーが生じたか」「その対応に要した時間はどの程度だったか」を測定するのも一案です。ミスをゼロにするのは難しいですが、改善率や再発防止策の有効性を評価対象に含めると、担当者の成長を促しやすくなります。

3)BIM/CIMなど新技術の活用度・習熟度
建設業におけるデジタルトランスフォーメーションが進む中、BIM/CIMや各種シミュレーションソフトの活用は競争力強化につながる重要要素です。導入率や活用頻度、提案数などを数値化し、プラスアルファの評価ポイントとして位置づけることで、設計者のデジタルスキル向上を後押しできます。

定性評価の主要ポイント3選

1)デザインや構造の独創性・機能性
設計職にはクリエイティブな要素が求められ、顧客の要望を超える付加価値を生み出すことが期待されます。たとえば、「斬新かつ使いやすい設計を提案し、顧客満足度が高かったか」「安全面や耐久性、維持管理の容易さなどをどの程度考慮しているか」といった視点で評価し、イノベーティブな設計が生まれやすい企業文化を育むことができます。

2)対人コミュニケーション・調整力
設計職はクライアントとの打ち合わせや、施工管理・現場職との情報共有、協力会社との細かい確認作業など、多面的なコミュニケーションが必須です。プレゼン能力や図面のわかりやすさ、意見の異なる相手との折衷案を導き出す交渉力などを評価し、技術力だけでなく人間力も高められるようにフィードバックを行いましょう。

3)法令遵守・リスクマネジメント意識
建築基準法や消防法、都市計画条例など、設計には多岐にわたる法規の知識が求められます。違反や不備があると、施工段階で重大なトラブルが起きる可能性があるため、日常的に法令改正や業界動向にアンテナを張っているか、リスク察知・未然防止の姿勢を持っているかを評価対象とすることが重要です。

評価結果の活用方法

  • 昇給や賞与だけではなく、キャリアパス構築に活かす
    設計職の評価を給与や賞与に直接反映させるだけでなく、中長期的なキャリア形成にもつなげるアプローチが有効です。たとえば、上位資格(一級建築士・構造設計一級建築士など)の取得支援、チームリーダーやプロジェクトマネージャーへの昇格など、専門スキルとマネジメントスキルを並行して成長させるロードマップを示すことで、社員のモチベーションを大きく高められます。
  • スキルマップや資格取得支援制度との連動
    評価結果をもとにスキルマップを更新し、設計者一人ひとりがどの領域を強化すべきか明確にします。たとえば、3Dモデリングや環境シミュレーション、特殊構造設計などの専門分野への深耕をサポートする仕組みや、社内勉強会の開催などを絡めると、組織全体の技術レベル向上につながります。

4. 設計職向け 人事評価制度の活用事例

最後に、実際に設計職を対象とした評価制度を導入し、効果を上げたと想定される2つの事例をご紹介します。自社の組織規模や技術領域に応じてカスタマイズしながら、活用のヒントを見つけていただければ幸いです。

事例1

  • 導入背景
    A社は建築設計事務所として独立し、その後自社施工部門を持つようになった中堅企業。設計部門が増強される中、社内には様々な設計者が在籍していたものの、評価基準があいまいで、どのようにキャリアアップすればよいかが見えないという社員の声が高まっていました。また、新人とベテランの間で大きなスキル差があり、ノウハウ共有や育成プランが整備されていなかったことも課題でした。
  • 導入内容
    まずは設計部内でワーキンググループを発足し、建築士資格の取得状況や得意とする分野(意匠設計、構造設計、設備設計など)を一覧化。そこから定量・定性指標を組み合わせた評価シートを作り、設計プロセスで重視するポイントを明確化しました。具体的には「工期・予算内での設計完了率」「デザインの独創性と法令順守」「チームリーダーやクライアントとのコミュニケーション能力」などを評価項目に設定。定期的にレビューミーティングを開催し、図面の質や提案力を互いにフィードバックし合う文化を育成しました。 評価結果は昇給・賞与だけでなく、「上級資格取得にチャレンジする際の費用補助」「業務の兼務範囲を拡大し、プロジェクトマネジメント経験を積む機会を提供する」など、キャリアパスと直結した内容へ反映。これにより、社員の学習意欲とモチベーションが向上し、若手設計者の定着率も大幅に改善しました。

事例2

  • 導入背景
    B社は総合建設業として、公共事業から民間プロジェクトまで幅広く手がける大手企業。設計部門には100名近いスタッフが在籍しており、スキルレベルも多種多様。従来は「大きなミスをしなければOK」といった曖昧な評価体系だったため、優秀な設計者ほど評価体制への不満を抱えて退職するケースが増え、組織のノウハウが流出しがちという問題が顕在化していました。
  • 導入内容
    B社は外部コンサルタントを招き入れ、設計者向け評価制度をゼロから見直しました。特に力を入れたのが「BIM/CIM活用度」「プレゼンテーション力」「設計変更への柔軟な対応」「担当案件の品質検査通過率」を軸にした定量評価と、社内レビュー会でのピア評価(同僚設計者同士の相互評価)を取り入れた定性評価の融合です。 さらに、評価結果によっては新技術のリサーチプロジェクトに優先的にアサインする、海外の建築関連展示会やセミナーに派遣するなど、設計者が技術とセンスを磨くためのサポートを拡充。評価の透明性が高まったことで優秀な人材のモチベーションが維持され、設計部全体の雰囲気が活性化しただけでなく、クライアントからの評価も向上。結果として、公共事業の入札案件で有利に働く技術力アピールにもつながったそうです。

5. まとめ

本コラムのポイント

設計職特有の評価項目の設定

1)多面的な評価項目の導入
技術力(精度、工期管理)、創造性(デザイン、独自性)、コミュニケーション能力、法令遵守意識など、複数の観点から総合的に評価することで、真に優秀な設計者を正しく見極めやすくなります。

2)評価者の理解を深める場づくり
経営者や人事担当者が設計の専門性を把握しやすくなるよう、図面レビュー会や中間報告、ピアレビューなどを積極的に導入。評価の公平性を高めるだけでなく、ノウハウ共有やスキルアップにも効果的です。

3)キャリアパスやスキルアップ施策との連動
評価結果を給与や賞与に反映するだけでなく、資格取得支援やプロジェクトリーダーへの登用など、専門性を深める・マネジメント能力を養う両方の方向でキャリア形成を支援します。

制度導入・運用における今後のステップ

  • 評価制度の継続的な見直し(経営方針・事業規模の変化に合わせる)
    建設業界は技術革新や規制変更が激しく、設計職に必要なスキルセットも短期間で変わり得ます。したがって、一度決めた評価基準を固定化せず、定期的に見直して最新の業界動向や事業方針に合致させることが重要です。
  • キャリアパス制度との連動性を強化して次世代人材の育成
    設計職は将来的にプロジェクトマネージャーや経営幹部へとステップアップできる可能性を持つ職種です。評価制度を通じて高評価を得た人材に明確なキャリアパスを示し、社内で横断的に活躍する機会を与えることで、次世代のリーダーを効果的に育成できます。
  • 設計職特有の事情を考慮した人事評価で業績向上を狙う
    建設業は現場作業だけでなく、設計段階で大きくコストや品質が左右される産業です。優れた設計者を正しく評価し、彼らのモチベーションを高めることが、プロジェクトの効率化や競争力強化につながります。職種特性を把握した制度設計を行うことで、企業全体の業績向上を狙うことができるでしょう。

設計職は、創造性と技術力を両立させる難易度の高い専門職であり、その成果はプロジェクト完了後にようやく可視化されるケースが多いのが実情です。だからこそ、人事評価制度には長期的な視点と多角的な指標が求められます。本コラムで紹介したポイントや事例を参考にしながら、貴社の設計者たちが自分の能力を最大限に活かし、成長し続けられる評価制度を構築してみてください。

また、前回までのコラムでも繰り返し述べられてきたとおり、評価制度は決して「形だけの査定ツール」ではありません。評価を受ける社員が納得感を得られ、かつ組織全体のスキルアップ・生産性向上に結びつけるための戦略的基盤として考えることが肝心です。設計職ならではの視点を取り入れた評価項目の設定と運用を続けることで、建設プロジェクトの品質やスピード、コスト管理にも好影響が生まれ、ひいては顧客満足度と企業価値の向上にも大きく寄与していくでしょう。

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