建設業に特化!建設事務に活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介

第5回:「建設業に特化!建設事務に活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介」

目次

1. はじめに

本コラムの目的と背景

  • これまでの連載の振り返り
  • 建設事務を取り巻く課題と重要性

これまでの連載では、建設業界における人事評価制度について、全体的な導入メリットや運用上のポイント、そして現場職や施工管理といった職種にフォーカスした事例をご紹介してきました。採用と定着が課題となっている建設業界では、適切な人事評価制度の構築が人材育成やモチベーション向上に直結すると言われています。しかしながら、建設業は職種によって求められるスキル・知識・役割が大きく異なるため、一律の基準だけでは公平感や納得感を得にくい状況があるのも事実です。

今回取り上げるのは「建設事務」です。工事の現場や施工管理とは異なり、建設事務は企業の裏方的ポジションとして書類作成や各種調整、経理補助などを担当し、プロジェクト全体がスムーズに進行するための潤滑油のような存在です。建設現場が動くうえで不可欠な役割を担っているにもかかわらず、その重要性がなかなか表に出にくく、評価面が後回しにされやすい職種でもあります。

そこで本コラムでは、建設事務の特性や評価の難しさを整理し、そのうえで現場とは異なる観点でどのような評価項目を設定すべきか、運用上のポイントは何かなどを具体的に解説します。評価制度を通じて、建設事務の方々が自分の仕事を適切に評価され、キャリアを伸ばす機会を得られるようになることを目指して、実践的な事例も紹介していきます。

建設業における「建設事務」への人事評価制度の導入状況

  • 建設事務の評価が後回しにされやすい理由
  • 経営者・人事担当者が感じる評価の難しさ

建設事務の仕事は多岐にわたり、社内外の多方面にわたる調整を行うポジションです。しかし、工事の進行や施工品質など、いわゆる「建設業らしい目に見えやすい成果」と比べると、建設事務の成果は可視化しにくい性質を持っています。たとえば、書類作成や請求関連の事務処理、入札手続きのサポート、協力会社や発注者との連絡など、裏方的な業務が中心となるため、「何がどの程度大変なのか」を他部署の人間が把握しづらいのです。

その結果、経営者や人事担当者からは「現場の評価は進めやすいが、建設事務の評価項目が思いつかない」「事務員が具体的にどんな工夫をしているか把握できておらず、評価が曖昧になっている」という声がしばしば聞かれます。こうした状況が改善されないまま放置されると、建設事務担当者のモチベーション低下を招くだけでなく、優秀な人材が集まらない要因にもなりかねません。次章では、なぜ建設事務職の人事評価が難しいのか、その理由を3つに整理したうえで、対策の方向性を考えてみましょう。


2. 建設事務の評価が難しい理由とその対策

建設事務の人事評価が難しい3つの事情

1)業務範囲が広く、成果が数値化しにくい
建設事務は、受発注管理、契約書類の作成、各種経理補助、入札手続き、さらには電話対応や来客応対など、業務内容が多岐にわたります。職種によっては経理部門や総務部門、人事部門と連携しながら動くこともあり、日々のタスクが細切れで成果の可視化が難しくなります。また、仕事の質が高くとも、現場のトラブルを未然に防いでいるケースなどは特に「目に見えない貢献度」が評価されにくいという問題があります。

2)建設特有の書類や業務フローへの深い知識が必要
他業界の事務と異なり、建設業では公共工事関連の書類や行政提出用の書類、建設業法や関連法規に沿った手続きなど、専門的な知識が必要になる場面が多いです。また、協力会社や設計事務所、発注者とやり取りする書類も一般的な事務業務より複雑化しやすい傾向があります。こうした特殊知識は社内でも理解が少なく、評価者側がその難易度や重要性を把握していないと適正な評価を行いづらくなります。

3)「事務はあって当たり前」という固定観念
現場の安全や工期の進捗が大きな関心事となる建設業では、事務の仕事が“問題なく”回っている状態が当たり前と捉えられがちです。そのため「トラブルが起きていない=特に注目する必要がない」と見なされ、事務職の働きぶりや貢献度が社内で共有されにくい環境になることがあります。結果として、評価対象から漏れがちであり、「事務は裏方だから評価する必要性が薄い」と考える経営層も存在します。

課題を解決するための3つの基本アプローチ

1)業務内容の可視化とKPI設定
まずは建設事務が日々行っている業務内容を洗い出し、量的・質的に整理することが重要です。各タスクに対して期限や必要となる知識レベル、関係部署を明確化し、可能であれば定量的にKPIを設定します。たとえば、「書類提出の遅延数やミスの件数をどの程度まで減らすか」「請求書処理を何日以内に完結させるか」といった目標を設ければ、評価者にも事務業務の重要性や難易度が伝わりやすくなります。

2)評価者の理解を促す仕組みづくり
評価者(経営者や人事担当者)が、建設事務の業務フローや必要な専門知識を把握できるよう、定期的な情報共有や業務報告を行う環境を整えます。たとえば、月次・週次で「業務報告書」を提出してもらい、そこで発生したトラブルや改善点を共有する仕組みを導入すれば、評価者は事務担当者がどのような観点で業務を行っているかを把握しやすくなります。

3)事務の成果を「組織全体の利益」に結びつける
書類ミスを減らすことで会社の信用維持につながる、正確な経理処理をすることでコスト把握が容易になる、入札関連の手続きがスムーズに進むことで案件獲得が円滑になるなど、建設事務の成果を組織全体の目標や利益に結びつけて考える視点が大切です。このように“事務業務の見えない貢献”を全社的な視点で再評価し、組織の活性化につなげることで、社内の意識改革を促すことができます。


3. 建設事務向けの人事評価制度設計ポイント

建設事務の評価を行う際は、「定量評価」と「定性評価」をバランスよく取り入れることが肝要です。定量的な指標だけでは拾いきれない、事務ならではの“気配り”や“未然防止”といった行動特性も正当に評価できるよう工夫しましょう。

定量評価の主要ポイント3選

1)書類処理の正確性・スピード
入札関連の書類、契約書、請求書など、建設事務が扱う書類の多くはミスが許されない性質を持ちます。書類の作成・チェック・提出に至るまでの処理スピード、ミスや修正の発生頻度などを定量化し、「作業効率」と「品質」を測る指標として活用します。期日を守りながら正確に仕上げる力は、建設事務において非常に重要です。

2)入金・請求管理やコストコントロールへの貢献度
経理やコスト管理の観点から、「請求書発行のタイミングや入金消込の正確さ」「過剰在庫や発注ミスを未然に防いだ件数」などを評価基準とすることが考えられます。建設プロジェクトは金額も大きく、協力会社の数も多いことから、事務が正確かつスピーディに管理を行うことで企業全体のキャッシュフローが安定し、結果的に経営基盤の強化につながります。

3)業務改善・システム導入の推進
建設事務の効率化は、ITシステムの導入やマニュアル整備などによって大きく向上する場合があります。たとえば、「新しいシステムの導入を主導した」「従来のアナログフローを改善して処理時間を短縮した」などの貢献度合いを数値化すると、事務担当者の主体的な取り組みを評価しやすくなります。

定性評価の主要ポイント3選

1)コミュニケーション・調整力
建設事務は社内外の関係者とのやり取りが頻繁に発生します。現場職や施工管理、営業、協力会社、行政機関、施主など、多岐にわたるステークホルダーとの連携を円滑に進める上で、調整力やコミュニケーション力が不可欠です。トラブルが起こった際の迅速な対応や、事前の根回しの有無なども評価材料となるでしょう。

2)現場や他部署へのサポート意識
事務担当者が柔軟に動き、現場や他部署をサポートする姿勢があるかどうかも大切な評価ポイントです。たとえば、現場で急ぎの資料が必要になった場合に積極的に対応したり、他部署が進めるプロジェクトを事務面でサポートするなど、社内連携がスムーズになるように動く姿勢は組織にとって大きな価値があります。

3)問題発見・提案力
書類処理や経理業務を単にこなすだけでなく、「この作業フローは無駄が多いのではないか」「こういうシステムを導入すればもっと効率化できる」といった提案や改善策を積極的に発信できるかも評価に含めるとよいでしょう。とくに建設業界では慣習的な業務が根強く残っていることも多いため、事務担当者の自主的な改善提案が全社的なコストダウンや生産性向上につながる場合があります。

評価結果の活用方法

  • 昇給や賞与だけではなく、キャリアパス構築に活かす
    評価結果は給与や賞与に反映されるだけでなく、事務担当者のキャリアをどう伸ばすかを考えるきっかけにもなります。たとえば、「経理スキルを深める」「総務・人事の領域に挑戦する」「建設業法関連の専門知識を磨き、社内のスペシャリストを目指す」といった多様なキャリアパスを提示し、適切に誘導することで組織の底上げが期待できます。
  • スキルマップや資格取得支援制度との連動
    建設事務には日商簿記や建設業経理士、社会保険労務士など、取得すると業務に大きく役立つ資格が複数存在します。評価制度によって明らかになった得意分野・弱点をもとに、スキルマップを作成し、資格取得支援制度と連動させると効果的です。個人のスキルアップと組織の事務力向上を同時に狙える、Win-Winの仕組みを構築できるでしょう。

4. 建設事務向け 人事評価制度の活用事例

ここでは、実際に建設事務の評価制度を導入・見直し、成果を上げたと想定される架空の事例を2つご紹介します。企業規模や扱う業務内容によって具体的なアプローチは異なりますが、事例を参考に自社の課題と照らし合わせながら検討してみてください。

事例1

  • 導入背景
    A社は中堅ゼネコンとして公共事業や大型民間工事を請け負っており、事務部門の社員は10名程度在籍。これまで評価制度は現場や施工管理を中心に整備してきましたが、建設事務については「ミスが多ければ減点、問題なければ及第点」という程度の曖昧な運用が続いていました。その結果、事務社員から「仕事の工夫や改善を見てもらえない」「昇給の基準が不透明」といった不満が噴出し、離職率が高まりつつあったのです。
  • 導入内容
    まず経営者と人事担当者が、事務部門の業務フローをヒアリングしながら洗い出し、定量・定性の両面で評価指標を設定しました。
    • 定量指標:
      1)書類の提出期限遵守率
      2)経理処理ミスの発生件数
      3)社内各部署への対応満足度(アンケート形式)
    • 定性指標:
      1)他部署や協力会社との調整力
      2)業務改善の提案・実行力
      3)安全書類や行政手続き関連の正確性・独自ノウハウの共有度
    これらの指標を踏まえ、評価期間ごとに面談を実施。事務担当者は自身の業務成果や改善提案をまとめて提出し、評価者はそれを踏まえてフィードバックを行いました。また、評価結果によっては資格取得支援やセミナー参加の費用を会社が一部負担する仕組みも導入。すると、事務担当者のモチベーションが向上し、社内での「事務業務の可視化」が進んだことで業務効率もアップ。結果として、離職率の改善と社内コミュニケーションの活性化が同時に実現しました。

事例2

  • 導入背景
    B社はリフォームや小規模工事をメインとする地元密着型の建設会社。売上は安定していたものの、経理や請求書の処理が遅れがちでキャッシュフローが不安定になることがありました。また、現場が急遽必要とする書類を事務担当者がタイムリーに準備できず、クライアントとのやりとりがスムーズに進まない場面も。経営者は「事務部門の対応力を強化しないと、受注拡大に対応しきれない」と危機感を抱いていました。
  • 導入内容
    B社はまず事務部門に「案件ごとの書類進捗リスト」や「月ごとの入出金管理表」を作成・報告してもらうルールを設定。定量指標としては、
    • 請求書処理までのリードタイム(受領から送付までの日数)
    • 入金遅れの把握スピード(期日超過時のアラート発信までの日数)
    • 不備書類の修正回数や修正率
    を設定しました。また、定性的評価では「担当案件が複数重なった際の優先順位づけ」「顧客や協力会社との連携調整」「業務効率化に向けた工夫やシステム導入アイデア」などを評価対象とし、評価者との定期的な面談を通じて改善ポイントを共有。さらに、「書類不備ゼロ」など一定の目標を達成した担当者には表彰を行うなど、組織全体で事務の働きを認めるカルチャーを醸成しました。 この結果、社内での書類紛失やミスが激減し、請求関連の処理遅延も大幅に減少。事務部門と現場との連携がスムーズになり、顧客対応のクオリティが向上したことで、リピーターや紹介が増える好循環が生まれたとのことです。

5. まとめ

本コラムのポイント

建設事務特有の評価項目の設定

1)業務範囲の可視化:多岐にわたる書類作成や経理補助、入札手続きなどをリストアップし、評価対象を明確にする。
2)定量・定性の両立:書類ミスや処理スピードといった定量指標だけでなく、コミュニケーション力や改善提案など定性的な側面も評価する。
3)社内外への影響度:事務の成功が全社利益にどう貢献しているかを把握し、未然防止の功績など見えにくい成果も評価に含める。

制度導入・運用における今後のステップ

  • 評価制度の継続的な見直し(経営方針・事業規模の変化に合わせる)
    建設業界は公共事業や民間事業の比率、経済状況、技術革新など、外部環境によって必要な業務が変化しやすい業種です。建設事務の評価制度も、導入して終わりではなく、定期的に見直しや更新を行って柔軟に対応することが大切です。
  • キャリアパス制度との連動性を強化して次世代人材の育成
    建設事務担当者が事務の枠を超えて、経営管理や総務・人事、さらには現場とのハイブリッドな役割を担うケースが増えています。評価制度をベースに、それぞれがどのような資格やスキルを身につければキャリアアップできるのかを明示し、会社としての支援策を整備することで、次世代リーダーの育成につなげましょう。
  • 建設事務職特有の事情を考慮した人事評価で業績向上を狙う
    建設事務は、案件管理やコスト管理、顧客対応など、会社の業績に直結する重要なポジションです。とはいえ、その貢献度が分かりにくいという課題を克服するには、会社全体で事務職を正しく理解し、適切な評価指標を設定する必要があります。評価結果を昇給・賞与だけでなくキャリア形成や研修支援にも活かすことで、事務担当者の意欲と成長を促し、ひいては企業の業績向上を目指す好循環を作り出せるでしょう。

以上、第5回コラムでは建設事務の評価制度に焦点を当てて、その難しさや解決策のヒント、そして導入事例を紹介してきました。建設業界における事務の仕事は、企業の基盤を支える非常に重要な役割でありながら、現場や施工管理のように分かりやすい成果が見えにくいため、評価が後手に回りやすいのが現状です。しかし、実務内容を可視化し、定量評価と定性評価をバランスよく取り入れれば、事務担当者の努力や改善がしっかり報われる仕組みを構築できます。

これまでのコラムで解説してきたように、人事評価制度は採用・定着・育成を担う戦略的ツールとして機能します。建設事務に関しても、裏方仕事であってもその貢献度をきちんと測り、公正に評価する体制が整えば、優秀な人材の確保や業務の効率化に大きく寄与するでしょう。ぜひ今回のポイントや事例を参考にしながら、自社の事務部門の評価制度を見直してみてください。社員一人ひとりが自身の成長と会社の成長を実感できる環境を整え、建設業界全体の発展を共に目指していきましょう。

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