1. はじめに

- 第1回:「小売業の人事評価制度を徹底解説|成功する評価基準と運用ポイント」
- 第2回:「小売業の人事評価制度を徹底解説|人事評価制度を導入するメリット、デメリット」
- 第3回:「小売業に特化!販売に活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介」
- 第4回:「小売業に特化!MDに活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介」
- 第5回:「小売業に特化!SVに活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介」
- 第6回:「小売業に特化!DBに活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介」
- 第7回:「小売業に特化!バイヤーに活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介」
- 第8回:「小売業向け!効果的な人事評価制度の導入と成功の秘訣」
本コラムの目的と背景
これまでの連載の振り返り
- 第1回・第2回では、小売業全体における人事評価制度の基本やメリット・デメリットを概観し、「採用・定着・育成」を軸とした制度設計の重要性を確認しました。
- 第3回では、販売職に焦点を当て、接客品質や店舗売上を評価する際のポイントや事例を取り上げました。
小売業にはさまざまな職種がありますが、MD職(マーチャンダイザー)は特に重要な役割を担っています。適切な商品構成や販売計画を通じて顧客満足度と売上を左右する存在でありながら、他の職種よりも「評価基準が曖昧」「成果が見えづらい」という問題を抱えがちです。本コラムでは、そうしたMD職特有の課題と、評価制度を運用するうえでのポイントを整理しながら具体例を示します。
MD職を取り巻く課題と重要性
- 顧客ニーズと在庫リスクの板挟み
品揃えを増やせば在庫リスクが高まり、絞りすぎれば売上機会を逃す。顧客ニーズを分析し、適正在庫を保ちながら売上と利益を最大化する役割を負っています。 - トレンド予測の難しさ
ファッションやライフスタイルの変化が激しい昨今、先を見越した商品選定やシーズン計画が求められます。売れ筋を見誤ると大幅な在庫ロスを抱えるリスクがあります。 - 多岐にわたるスキルセット
数値管理、交渉力、マーケットリサーチ、トレンド分析など、幅広い能力が必要なため、評価の範囲も多面的になりがちです。
こうした要素から、MD職は企業の業績に与える影響が大きく、「企業の司令塔」と言える存在です。しかしその重要性とは裏腹に、評価基準が後手に回っていたり、成果が見えにくかったりして、制度設計や運用に苦労している企業も珍しくありません。
小売業における「MD職」への人事評価制度の導入状況
MD職の評価が後回しにされやすい理由
- 売上への直接的な紐づけが複雑
バイヤーの仕入れや販売職の売上とは異なり、商品構成や在庫コントロールは成果が表れるまで時間差がある。また、季節やセール、外部環境によって業績が変動しやすく、評価タイミングが難しい。 - 職種固有の指標が定まらない
業種や扱う商品カテゴリーによってKPI(Key Performance Indicators)が多岐にわたり、評価基準の統一が難しい。 - 管理職クラスの扱いになりやすい
MD職はキャリアパス上、本部の中核を担うため、評価制度が「経営指標の一部」とみなされがちで、本人へのフィードバックや育成が後回しになるケースもある。
経営者・人事担当者が感じる評価の難しさ
- 「在庫管理の精度をどのように数値化するか?」
- 「シーズンごとのトレンドの当たり外れを、どの程度評価指標に織り込むか?」
- 「分析力や交渉力など、目に見えにくい業務をどう評価に反映するか?」
評価が適切に行われないと、MD職のモチベーション低下につながり、ひいては「商品選定の質が落ちる」「在庫ロスが増加する」といった経営面への悪影響が懸念されます。
2. MD職の評価が難しい理由とその対策
ここでは、MD職の人事評価が難しいとされる背景を3つの視点から整理し、それぞれに対するアプローチを提案します。
MD職の人事評価が難しい3つの事情
- 成果のタイムラグと外部要因
- シーズンごとの売れ筋を予測し、早めに仕入れ・在庫を確保する必要があるため、成果が現れるのが遅れる。
- また、天候や社会情勢などの外部要因によって売上・在庫に大きなブレが生じるため、MD個人の責任範囲をどこまで区別できるかが曖昧になりやすい。
- 数値管理能力とトレンド感覚の両立
- MD職は「売上・在庫コントロール」といった数値管理に加え、「マーケットリサーチ」「商品選定のセンス」など、クリエイティブな要素も評価対象となる。
- どちらも高いレベルが求められるにもかかわらず、評価基準を明文化しにくい。
- 部門横断的な連携の必要性
- MD職はバイヤーやDB(ディストリビューター)、店舗スタッフ、マーケティング部門など、複数の部署と連携しながら商品計画を実行する。
- チーム全体の成果が個人の評価に直結しにくいため、どこまでを「個人の手柄」とみなすかが不明瞭になりがち。
課題を解決するための3つの基本アプローチ
- 短期指標と長期指標を組み合わせる
- 月次や四半期ごとの在庫回転率・消化率などの短期指標と、シーズンごとの売上貢献度や新規商品開発の実績など長期的な指標を併用する。
- 評価タイミングを複数回設けて、季節や外部要因による影響を平準化する仕組みが有効。
- 定量評価×定性評価で多面的に捉える
- 定量面では、売上予実管理や在庫ロス率などの数値指標を明確化する。
- 定性面では、マーケット分析力やチームコラボレーション、トレンド感度などを具体的な評価項目に分解し、上長との面談や実績報告の中で評価する。
- 責任範囲の明確化と成果共有の仕組みづくり
- 「どの段階までがMDの責任領域か?」を明文化し、バイヤー・DB・店舗との役割分担を明確にする。
- チーム全体の成果はチーム評価に反映しつつ、個人がリードした施策や開発案件を正当に評価する仕掛けを整える。
3. MD職向けの人事評価制度設計ポイント
以上の課題とアプローチを踏まえ、実際にどのように評価制度を設計すればよいか、定量評価と定性評価、さらに評価結果の活用の3つに分けて解説します。
定量評価の主要ポイント3選
- 売上予実管理(予算達成率・粗利率)
- MD職の大きな役割の一つに「商品計画」と「予算管理」があります。
- シーズンごとや商品カテゴリーごとの予算を設定し、その達成度や粗利率を評価指標化する。
- 外部要因でブレる部分は一定の調整を行いつつ、「予算対比でどれだけコントロールできたか」を見るのがポイント。
- 在庫回転率・商品消化率
- 販売期間内に在庫がスムーズに動いているか、あるいは残り在庫や値下げ率が適正かどうかを測る指標。
- 回転率が高ければ売れ筋を的確に押さえているとみなし、消化率(期末までに計画通り売り切れた割合)も加えて評価すると、単に在庫を少なくするだけではなく“適正量”を維持できているかがわかりやすい。
- 新商品・新企画の成果
- シーズンやキャンペーンごとに打ち出す新商品や新企画の売上貢献度、または販売期間中のインパクト(広告反響など)を評価対象にする。
- 新規性や改善度(前年実績との比較)を踏まえ、どれだけ差別化を図れたかを指標化するケースが多い。
定性評価の主要ポイント3選
- マーケット分析・トレンド感度
- リサーチ力やデータ分析スキル、外部情報(SNSや業界動向など)を収集・活用する能力を評価する。
- 「どんな情報源を使って分析しているか?」「予測がどの程度的中したか?」など、具体的にヒアリングして確認すると評価の説得力が増す。
- コミュニケーション・リーダーシップ
- MD職はバイヤー、DB、店舗スタッフ、マーケ部門など多くのステークホルダーと連携しなければならない。
- “チーム全体を巻き込んでプロジェクトを進める力”や、“関係部署との折衝スキル”などを定性的に評価する指標を設ける。
- イノベーション・改善提案
- 在庫管理や品揃え戦略において、新たなアイデアを実践したかどうかを評価する。
- 既存業務を改善する取り組みや、業務効率化に向けたシステム導入の提案など、組織をより良くする行動をどれだけ取れているかを見る。
評価結果の活用方法
昇給や賞与だけではなく、キャリアパス構築に活かす
- 将来のMD部門責任者・経営幹部候補への登用
数値管理や企画力、リーダーシップが高評価のMDスタッフは部門責任者や経営幹部候補として早期に育成プランに組み込む。 - 他部門(バイヤー・商品開発・マーケ)へのキャリアチェンジ
MDの経験は商品選定や開発、販促企画など幅広い業務に活かせるため、評価結果に基づいて本人の希望や適性を考慮し、異動や配置換えを検討する。
スキルマップや資格取得支援制度との連動
- スキルマップ作成
「数値分析力」「市場調査力」「チームマネジメント力」「交渉力」といった項目を可視化し、MDが自分の得意分野や課題を把握できるようにする。 - 外部研修・MBAなどの学習支援
MD職には高度なビジネス知識が求められるため、評価結果で浮き彫りになった弱点を補う研修や資格取得制度を設ける。
たとえば、ファッション業界ならトレンド研究セミナー、食品業界なら栄養士や調理師との連携プログラムなど、業界特性に合わせた学習機会を提供する企業もある。
4. MD職向け 人事評価制度の活用事例

ここでは、実際にMD職向けの人事評価制度を導入して成果を上げた2つの企業事例を紹介します。どちらも商品カテゴリや企業規模が異なりますが、MDの役割を明確化し、定量・定性の両面で評価する仕組みを整えたことが成功のカギとなっています。
事例1
導入背景
アパレル小売チェーンを展開するF社では、各店舗の販売データは豊富にある一方、MDがどれだけ精度の高い商品計画を立てているかが不透明な状態でした。売上不振や在庫ロスが起きると「MDの責任だ」という曖昧な批判が飛び交うものの、具体的にどの指標をどう評価するかが決まっていませんでした。経営層が「MD部門のモチベーションを上げつつ、売上と在庫管理を改善したい」と考え、人事制度の専門コンサルを交えて検討を開始。
導入内容
- 四半期ごとの評価サイクルを導入
- 春夏・秋冬だけでなく、四半期単位で在庫回転率・消化率をチェック。
- 天候不順やイベント効果など外部要因を踏まえた「柔軟な補正ルール」を設定し、MD個人の責任範囲を可視化。
- 定量・定性のウェイトを50:50に設定
- 定量指標:売上予実達成率、在庫ロス率、値下げ率、消化率など。
- 定性指標:トレンド分析の的中度、店舗やバイヤーとの連携、改善提案の実施数など。
- 面談で上司とすり合わせし、具体的なエビデンスを基に評価を行う。
- MDの成果を社内共有する仕組み
- 達成した施策や新商品の企画が成功した場合、全社向けのポータルサイトで事例として公開し、成功ノウハウを店舗へ水平展開。
- 評価が高いMDがリーダーとなり、次シーズンの商品会議を主導する機会を提供。
導入効果
- 在庫ロスの削減:四半期ごとに計画・実績の見直しが行われるようになり、期末の値下げや廃棄が大幅に減少。
- MD職のやりがい向上:成功事例が社内で認知される仕組みができたことで、評価の透明性とモチベーションが向上。
- 部門間連携の強化:バイヤーや店舗との連携ポイントが明確になり、チーム全体で売上を伸ばす意識が醸成された。
事例2
導入背景
食品スーパーマーケットを複数展開するS社では、競合他社との価格競争が激化する中、MD(マーチャンダイザー)が「とにかく安く仕入れる」ことに注力しすぎた結果、売場に商品が偏り、顧客満足度が低下していました。経営陣は「安売りではなく、消費者が本当に求める品揃えと適正価格を両立させたい」という方針を打ち出し、MDの評価軸を変える必要性を痛感しました。
導入内容
- 顧客満足度を加味した指標を追加
- POSデータや顧客アンケート、ロイヤル顧客の購買履歴などを分析し、MDが品揃えを改善した結果、顧客満足度がどう推移したかを評価指標の一部とした。
- 単に安く仕入れて売るのではなく、顧客ニーズを反映した品揃えを目指す。
- コスト削減だけでなく粗利率・売場のバランスを重視
- 仕入れコスト削減率だけを見ると、安価な商品の大量仕入れに偏ってしまう恐れがあるため、粗利率と売場のバラエティ(取扱カテゴリー数など)も指標化。
- 季節商品や地域限定品を積極的に入れることで差別化を図る取り組みを評価。
- MD・バイヤー・店舗の合同プロジェクト
- 新商品のテスト販売やレイアウト変更の際、MDだけでなくバイヤーや店舗スタッフも意見を出し合い、成功事例があればインセンティブをチームで分配。
- 個人評価に加え、チーム評価を設けることで「売り場改善は一人ではできない」という認識を高めた。
導入効果
- 顧客満足度と粗利率の両立:安売り一辺倒だった頃に比べ、平均客単価とリピート率が上昇し、粗利が改善。
- 組織全体での売場改革:店舗スタッフも提案を行いやすい雰囲気が醸成され、陳列やレイアウトの改善がスムーズに進むようになった。
- MD人材の育成:顧客志向の品揃えや分析を重点的に評価することで、次世代MD人材の視野が広がり、リーダーシップを発揮する社員が増加。
5. まとめ
- 第1回:「小売業の人事評価制度を徹底解説|成功する評価基準と運用ポイント」
- 第2回:「小売業の人事評価制度を徹底解説|人事評価制度を導入するメリット、デメリット」
- 第3回:「小売業に特化!販売に活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介」
- 第4回:「小売業に特化!MDに活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介」
- 第5回:「小売業に特化!SVに活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介」
- 第6回:「小売業に特化!DBに活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介」
- 第7回:「小売業に特化!バイヤーに活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介」
- 第8回:「小売業向け!効果的な人事評価制度の導入と成功の秘訣」

本コラムのポイント
- MD職特有の評価項目の設定
- 定量面:売上予実達成率、在庫回転率、商品消化率など。
- 定性面:マーケット分析力、トレンドセンス、コミュニケーション力、イノベーション推進力。
- 短期指標と長期指標を組み合わせ、外部要因を考慮した評価ルールを設けることが重要。
- 制度導入・運用における今後のステップ
- 評価制度の継続的な見直し(経営方針・事業規模の変化に合わせる)
- シーズンや景気の変動で目標が変わる場合、定期的にKPIを修正し、MDが最新の方針を理解できる環境を整える。
- キャリアパス制度との連動性を強化して次世代人材の育成
- 評価結果を昇進・異動だけでなく、専門スキル強化や外部研修への参加、他部門へのキャリアチェンジに活かし、人材の流動性と成長機会を創出する。
- MD職特有の事情を考慮した人事評価で業績向上を狙う
- MDのモチベーションが高まれば、適切な品揃えや在庫コントロールが実現し、結果的に顧客満足度と売上向上につながる好循環を生む。
MD職は「どの商品を、いつ、いくらで、どれだけ用意するか」を決める戦略的なポジションです。一方で、評価制度がないまま放置してしまうと、「売上に対して責任を負わされる割に、何をどう評価されているのかわからない」という不満を生み、優秀なMD人材の離職を招きかねません。
本コラムで紹介したポイントや事例を参考に、定量と定性、短期と長期、個人とチームのバランスを意識した評価制度の構築をぜひ検討してみてください。MD職が適切な評価とキャリア展望を得られるようになれば、小売企業全体の競争力が高まり、新たな成長を促す原動力となるはずです。
