フィットネス業に特化 | マネージャー職に活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介

フィットネス業に特化 | マネージャー職に活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介

目次

1. はじめに

本コラムの目的と背景

これまでの連載コラムでは、フィットネス業界の人事評価制度をテーマに、インストラクター職やトレーナー職、パーソナルトレーナー職などの専門的な役割にフォーカスして、評価制度の設計や運用方法、事例を紹介してきました。今回の第6回では、マネージャー職にスポットを当てます。

フィットネス業界におけるマネージャー職は、スタジオやジム、プールなどの施設全体を統括し、スタッフのシフト管理や顧客対応の最終責任を担う重要なポジションです。経営方針や売上目標を踏まえて現場を動かす「橋渡し役」として、組織全体の成果に大きく影響を与えます。しかしながら、マネージャー職の人事評価はその複雑性ゆえに後回しになりやすく、経営者や人事担当者が評価の難しさに直面しがちです。

本コラムでは、そうしたマネージャー職の評価をどのように行えばよいのか、フィットネス業界特有の事情を踏まえた評価制度設計のポイントや実際の導入事例を紹介します。今後の人事評価制度の整備・見直しを検討される方にとって、具体的なヒントとなれば幸いです。

これまでの連載の振り返り

  • 第1回: フィットネス業全体の人事評価制度の概要と、成功する評価基準・運用ポイント
  • 第2回: 人事評価制度のメリット・デメリットを整理し、企業が抱えるリスクや対策を検討
  • 第3回: インストラクター職に特化した評価制度設計や運用事例
  • 第4回: トレーナー職を対象にした評価制度の要点と成功事例
  • 第5回: パーソナルトレーナー職における評価制度の難しさと解決策

そして第6回では、マネージャー職をテーマに、人事評価の核心に迫ります。

マネージャー職を取り巻く課題と重要性

フィットネス施設のマネージャーは、売上管理、スタッフ育成、サービス品質の維持・向上など、幅広い業務を手掛けます。現場のスタッフからの信頼、経営陣の要求、顧客満足度など、多方向に配慮しながら施設運営の舵取りをするため、非常に高度なスキルが求められます。

  • 人事管理: スタッフの採用・配置・教育・評価・モチベーション管理
  • 顧客対応: クレーム対応や施設の問い合わせ対応などの最終責任
  • 売上管理: 施設利用者数やプログラムの稼働率、追加商品やサービスの販売計画など

こうした業務領域の広さや多様性が、マネージャー職の評価基準を複雑化させる要因となっています。しかし、マネージャーを正しく評価・育成できる仕組みを整えないと、現場スタッフとの不和や業績低迷につながるリスクがあります。つまり、マネージャー職への評価制度は、フィットネス業全体の安定と拡大を支える基盤でもあるのです。

フィットネス業における「マネージャー職」への人事評価制度の導入状況

マネージャー職の評価が後回しにされやすい理由

  1. 目に見える成果の指標化が難しい
    トレーナー職やインストラクター職のようにレッスン参加者数や顧客満足度アンケートといった定量指標が分かりやすいものの、マネージャー職は「店舗の売上」だけでなく「スタッフ満足度」「離職率」「施設イメージ」といった複雑な要素を包括するため、何をどのように測定するかが難しいと感じられがちです。
  2. 評価者が経営者層に限定されやすい
    マネージャーを評価できるポジションは経営陣や上位管理職に限られるため、現場の繁忙期などと重なるとフィードバックや面談が後回しになりがち。結果として、評価制度が形骸化する恐れがあります。

経営者・人事担当者が感じる評価の難しさ

  • スタッフ育成の成果をどう測るか
    マネージャーは自らレッスンを行うことよりも、組織を動かして成果を出すことが多いため、個人のスキル・能力だけでなく、人材育成やチームマネジメントの「質」を評価しなければなりません。
  • 経営指標(KPI)との関連づけが曖昧
    「店舗売上=マネージャーの評価」という単純な図式になりがちだが、地域特性や季節変動、他店舗との連携状況など多様な要因が絡むため、正しく本人の貢献度を可視化する仕組みが欠かせません。

2. マネージャー職の評価が難しい理由とその対策

ここでは、マネージャー職の評価が複雑化する主な理由を3つに整理し、それぞれに対する対策アプローチを示します。

マネージャー職の人事評価が難しい3つの事情

  1. 役割範囲の広さと多様なスキルセット
    売上管理、スタッフマネジメント、クレーム対応、イベント企画など、マネージャーに求められる業務領域は非常に幅広い。評価項目を網羅的に設定しようとすると膨大な数になり、絞り込みを誤ると実態を反映できなくなる。
  2. 直接成果と間接成果が混在
    マネージャーが直接売上を生むケース(物販提案やVIP顧客対応など)もあるが、主にはスタッフを通じた間接的な成果創出(レッスン品質向上、チームの稼働率上昇など)が中心であり、評価が曖昧になりやすい
  3. 評価者の経験値不足や主観の偏り
    マネージャーを評価するのは通常経営陣や上位管理職だが、評価のノウハウやフィードバック技術が不足していると、個人的な好みや企業風土に依存した恣意的評価になりやすい。

課題を解決するための3つの基本アプローチ

  1. 役割と目標を明確化した上での複数指標の設定
    マネージャーに期待する役割(売上拡大、人材育成、顧客満足度向上など)を明確にし、それに紐づくKPI・KGIを複数設定する。財務指標(売上や利益率)と顧客指標(顧客満足度、継続率)、組織指標(スタッフ離職率、教育計画の実行度など)を総合的に評価する形を採る。
  2. プロセス評価と成果評価のバランスを取る
    「売上や集客数といった最終成果」だけではなく、「スタッフのモチベーション向上施策」「定期面談の実施状況」など、プロセス面における取り組みの質を評価項目に組み込む。
  3. 評価者のスキルアップと客観性の担保
    経営陣や上位管理職向けに「評価研修」や「評価基準のすり合わせ」を実施する。可能であれば、360度評価や複数評価者によるキャリブレーションを導入し、評価のブレを最小化する。

3. マネージャー職向けの人事評価制度設計ポイント

ここでは、実際にマネージャー職の評価制度を構築する際に検討すべきポイントを、定量評価・定性評価・評価結果の活用法に分けて解説します。

定量評価の主要ポイント3選

  1. 売上・利益率などの財務指標
    マネージャーは店舗全体の収支責任を負う立場であるため、売上やコスト管理、利益率などの財務指標を評価に含めることが一般的。ただし、地域特性や本部施策との整合性など、本人の努力だけではコントロールしきれない要因も考慮する必要があります。
  2. 会員数・継続率・新規入会数
    フィットネス業では会員数の安定確保が重要です。マネージャーの施策が結果として会員数(特に継続会員数)増加に貢献しているか、顧客満足度アップによるリピート率向上など、顧客関連KPIを定量化して確認するのが有効です。
  3. スタッフ離職率やエンゲージメント指標
    人材不足が深刻化しがちなフィットネス業界では、マネージャーのスタッフマネジメント力が組織存続を左右します。スタッフの離職率が一定以下に抑えられているか、定期的なアンケートで測定される社員エンゲージメントが向上しているかなど、チームづくりの成果を測る定量指標も重視すると良いでしょう。

定性評価の主要ポイント3選

  1. リーダーシップとマネジメント能力
    スタッフを束ね、目標に向かって行動を促すリーダーシップは、マネージャー職の根幹です。ビジョンの共有や適切な目標設定、チーム内コミュニケーション、問題解決力など、マネジメントの質を評価項目に加えます。
  2. スタッフ育成・教育の取り組み
    教育計画の策定やスタッフへのフィードバック面談、研修の実施など、マネージャーがどの程度スタッフを育成しているかを見極めます。新人スタッフや若手トレーナーの成長支援、スキルアップの促進など、長期的な視点の育成活動が行われているかを評価することがポイントです。
  3. 施設運営やサービス品質の管理能力
    クレーム対応や安全管理、設備の維持管理、顧客満足度向上施策など、日常的なオペレーションの質を測る指標が必要です。たとえば、顧客アンケートやSNSの口コミ、トラブル発生件数の減少などを確認し、マネージャーの管理能力を定性的に評価できます。

評価結果の活用方法

昇給や賞与だけではなく、キャリアパス構築に活かす

  • 上位職へのステップアップ
    マネージャーとして一定の実績を上げた場合、複数店舗を統括するエリアマネージャーや本部の管理職など、さらなるキャリアステップを提示することで意欲を高めます。
  • 横方向へのキャリア展開
    大企業や多店舗展開している施設であれば、教育部門や商品開発部門など、マネージャー経験を活かせる部署への異動も検討できます。評価結果に基づいて個々の適性を見極めながらキャリアを広げるのも有効な手段です。

スキルマップや資格取得支援制度との連動

  • マネージャースキルマップの作成
    リーダーシップ、スタッフ育成、財務管理、イベント運営など、マネージャーに求められる各種スキルを洗い出し、どの項目がどのレベルに達しているかを可視化すると、本人の自己評価と上司の評価をすり合わせやすくなります。
  • 資格取得や外部研修のサポート
    「スポーツ施設運営管理資格」など、業界全体のマネジメント資格やリーダーシップ関連の外部研修に参加できる制度を整え、評価結果を研修費補助や受講優先枠の付与につなげると、マネージャー自身の成長意欲を高められます。

4. マネージャー職向け 人事評価制度の活用事例

ここからは、マネージャー職の評価制度を導入し、成果を上げている2つの事例を紹介します。どちらの企業も施設の規模や運営方針が異なりますが、共通して「マネージャーの役割を具体化し、複数の指標で評価する」というアプローチを採っています。

事例1

導入背景

首都圏に複数のフィットネスクラブを展開するA社は、店舗ごとにマネージャーが売上管理やスタッフ育成などを担っていました。しかし、従来は「店舗の売上額」や「入会数」のみが評価基準となり、スタッフ満足度やサービス品質、育成状況が見落とされがち。結果として、短期的な売上だけを追うマネージャーが増え、スタッフの離職率が上昇し、長期的な顧客満足度にも悪影響を及ぼしていました。

導入内容

  1. 複数KPIを設定した評価シートを作成
    A社は「売上・利益」「スタッフ離職率」「顧客満足度」「新サービス導入数」の4つを主要KPIとしてマネージャー評価に採用。さらに、「スタッフ育成の計画実行状況」や「研修への参加度合い」などプロセス評価も定性項目に加えました。
  2. 評価面談を年2回→年4回に増やす
    面談回数を増やすことで、マネージャーが進捗をこまめに確認できるようにし、問題があれば早期に修正できる仕組みを導入。上司が適切にフィードバックを行い、スタッフマネジメントの質を高める工夫をしました。
  3. 経営陣の評価研修を実施
    マネージャーを評価する経営陣・エリアマネージャー層に対し、「評価シートの理解」「面談スキル」「フィードバックの仕方」などを学ぶ研修を導入。主観や好みによるバイアスを抑え、公平な評価ができるように整備しました。

導入効果

  • スタッフ離職率が低下:制度導入後1年でスタッフ離職率が20%改善。マネージャーがこまめにスタッフと向き合うようになり、現場の雰囲気が向上した。
  • 売上も安定的に伸びる:長期的に見ればスタッフ満足度と顧客満足度が高まり、施設全体の売上も前年同期比で約10%アップ。短期成果と中長期成果を両立できる評価の仕組みが功を奏した。

事例2

導入背景

地方都市で規模の大きな総合型フィットネスクラブを運営するB社は、複数のフロア(ジムエリア、スタジオ、プール、スパなど)を束ねる「統括マネージャー」を置いていました。しかし、施設内の部署によって運営方針や目標がバラバラで、マネージャーの管理が属人的になっていたことが問題でした。また、経営者が施設運営に細かく介入しすぎるため、統括マネージャーの権限が不明確との声も上がっていたのです。

導入内容

  1. 部署横断のプロジェクト目標を設定
    B社では「年間イベントの企画・集客数」「スタジオプログラムの改編回数と成果」「売店やサプリ販売の売上増」など、部署を横断して達成すべき目標を策定。統括マネージャーがこれらの目標達成に向けて各部署を統率することを評価の核としました。
  2. リーダーシップ+組織開発の定性評価
    定性項目としては「各部署間の情報共有がどれだけ円滑に進んだか」「スタッフ同士のコミュニケーションやコラボレーションを促す仕掛けをどれだけ考案したか」など、組織活性化の取り組みを重視しました。
  3. マネージャー向け勉強会と上司の評価力強化
    統括マネージャーを対象に「組織開発」「ファシリテーション」「リーダーシップ」などの勉強会を実施。合わせて経営者サイドも、マネージャーに権限を委譲し評価を尊重する姿勢に変わることで、トップダウンから管理職主導への運営へシフトしました。

導入効果

  • 部署間連携が向上し、イベント集客数が大幅増:前年よりもイベント数が増え、来場者数も1.5倍以上に。経営者が「口出ししすぎない」姿勢を守ったことで、マネージャーのリーダーシップが発揮しやすくなった。
  • スタッフの意欲向上と定着率改善:施設内で新サービスを次々と生み出す土壌ができ、スタッフ間のコミュニケーションも活性化。マネージャーが主軸となる評価制度がチーム全体の雰囲気を変えた好例となった。

5. まとめ

本コラムのポイント

  1. マネージャー職特有の評価項目の設定
    売上や会員数といった定量指標に加え、スタッフ育成やチームマネジメント力、顧客満足度など複合的な評価基準が必要。直接成果と間接成果をバランス良く網羅することが鍵。
  2. プロセス評価と成果評価の両立
    マネージャーは現場を通じて成果を上げるポジションのため、プロセスを適切に評価しないと短期的な数字だけに偏るリスクが高い。スタッフ離職率や教育実績、顧客満足度などの指標を活用し、長期的視点での評価を行う。
  3. 評価者の育成とキャリアパスの明確化
    経営者や上位管理職に対する評価研修や面談スキル向上施策を実施し、恣意的評価を防ぐ。評価結果は昇給や賞与だけでなく、上位役職(エリアマネージャーや本部管理職など)へのキャリアパスに直結させることで、マネージャーの成長意欲を高める。

制度導入・運用における今後のステップ

  1. 評価制度の継続的な見直し(経営方針・事業規模の変化に合わせる)
    フィットネス業界のトレンド変化や新規サービス展開に伴い、マネージャーに求める役割も変化します。定期的に評価項目を点検・改善し、現場に即した運用を続けることが重要です。
  2. キャリアパス制度との連動性を強化して次世代人材の育成
    優秀なマネージャーをさらに上位のポジションに登用する仕組みを整え、施設全体のマネジメント力向上を図る。逆にマネージャー経験を経て専門部署へ転身するなど、多様なキャリアの可能性を設計しておくことも、組織活性化に寄与します。
  3. マネージャー職特有の事情を考慮した人事評価で業績向上を狙う
    組織運営の要であるマネージャーを公正・適切に評価することで、スタッフの士気や施設全体のサービス品質が上がり、長期的な業績向上につながる好循環を生み出せます。

マネージャー職はフィットネス施設の運営において、「人」と「数字」の両方を管理・リードする欠かせない存在です。評価制度を工夫し、適切なフィードバックとキャリアサポートを行うことで、マネージャー本人の成長と組織全体の活性化を同時に実現できます。本コラムを参考に、ぜひ自社のマネージャー評価制度を見直し、さらに洗練された人事マネジメント体制を目指してみてください。今後も引き続き、フィットネス業界の人事評価や人材育成に関する知見を共有してまいります。

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