保育園に特化 | デスクワーク中心の事務職に活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介

保育園に特化 _ デスクワーク中心の事務職に活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介

目次

1. はじめに

本コラムの目的と背景

これまでの連載では、保育士や主任保育士、園長・副園長など、「保育」という観点で現場に深く関わる職種を中心にした人事評価制度の設計・運用ポイントを取り上げてきました。しかし、保育園の運営を支えるうえで欠かせない重要な存在として「デスクワーク中心の事務職」が挙げられます。経理、総務、人事、広報など多岐にわたる業務を担い、現場の保育士や管理職を裏方で強力にサポートしているのが事務職の方々です。

一方で、中小保育園においては事務職が少人数(もしくは一人)で複数の業務を兼務するケースも多く、「何がどこまで事務職の役割になるのか」が不透明だったり、保育士と比べて評価が後回しになったりしがちです。また、デスクワーク中心の事務職は保育士のように目に見える形で子どもと接したり、直接成果を数値化できるわけではないため、「どうやって評価項目を設定すればいいのか」「どこまで賃金や昇給に反映すればいいのか」を悩む経営者や人事担当者が多いのも事実です。

そこで本コラムでは、保育園特有の事情を踏まえながら、デスクワーク中心の事務職向けに人事評価制度を導入・運用する際のポイントを解説していきます。保育の現場とは異なる視点や評価基準を取り入れることで、事務職のモチベーション向上や業務効率化、組織全体の生産性向上につなげることを目指しましょう。

デスクワーク中心の事務職を取り巻く課題と重要性

事務職の業務は、経理処理や給与計算、保育料の管理、各種書類作成、園児・保護者に関わるデータ管理、行政への届け出・報告対応など、多岐にわたります。中小保育園では、事務専門スタッフを十分に配置できない場合が多いため、一人ひとりが複数の業務を兼任し、さらに保育補助などを兼ねるケースも珍しくありません。そんな状況だからこそ、事務職の働きぶりや成果が見えにくくなりがちで、過度に負担が集中したり、評価されないまま疲弊してしまうリスクが潜んでいます。

しかし、事務職がスムーズに業務をこなすことで、現場の保育士が保育業務に集中できる環境を整え、園児や保護者により質の高いサービスを提供できるようになるメリットは計り知れません。また、正確な経理処理や書類管理は、園の経営基盤を支えるうえで不可欠であり、適切な評価制度があれば、ミスの削減や効率化への意欲を高める効果も期待できます。

中小保育園における「デスクワーク中心の事務職」への人事評価制度の導入状況

デスクワーク中心の事務職の評価が後回しにされやすい理由

  1. 成果が目に見えづらい
    子どもと触れ合う保育士のように「子どもの成長」という分かりやすい成果があるわけではなく、事務作業は「ミスなく当たり前にこなして当然」という認識になりがちです。
  2. 業務範囲の曖昧さ
    事務職は経理・総務・人事・企画など、園の規模に応じて多種多様な業務を兼務するケースがあります。その結果、責任の範囲や評価の目安がぼんやりしたまま、包括的に「うまくやってくれている」程度で終わってしまうことがあります。
  3. 急ぎの業務が優先されがち
    保育園は日々の保育・園児対応が最優先される現場です。事務スタッフの評価まで手が回らず、「現場が落ち着いたら検討しよう」と先送りしてしまうのが一般的な状況です。

経営者・人事担当者が感じる評価の難しさ

  • 客観的指標の不足
    「正確な経理処理」などは当たり前の業務と捉えられがちで、どのように評価基準を設けるか頭を悩ませる経営者・人事担当者は多いでしょう。
  • 多岐にわたる業務の優先順位が不明確
    事務職が抱えるタスクが整理されていなければ、評価軸を明確に設定できないため、「本当は何をどれだけ頑張っているのか」見落としてしまうリスクがあります。
  • 昇給や賞与との紐づけが難しい
    「業務の正確さや効率性をどう数値化・基準化して、給与へ反映すべきか」が曖昧だと、不公平感が生まれる可能性があります。

2. デスクワーク中心の事務職の評価が難しい理由とその対策

デスクワーク中心の事務職の人事評価が難しい3つの事情

  1. 成果物の定量化が困難
    事務作業の多くは定常的・反復的であり、明確な“成果物”を測りづらい側面があります。たとえば、書類作成やデータ入力はどれも必要不可欠な仕事ですが、「早く終われば良い」だけでなく、「正確性」や「抜け漏れのないチェック体制」も求められます。そのバランスをどう評価に落とし込むかが難しい点です。
  2. 複数部門・業務を横断する業務特性
    事務スタッフが経理・総務・人事・広報を兼務している場合、それぞれの専門性や期待される成果が異なるため、一律の評価基準では不完全になりやすいという問題があります。特に中小保育園では、業務量も限られた人員でこなさなければならず、優先度の調整が重要です。
  3. トラブル防止・事前準備が評価されにくい
    行事や各種申請に関わる事前準備、保護者対応のサポートなど、問題が起きないように手回しよく動くのも事務職の役割です。しかし、トラブルが起きなかった=当たり前と捉えられ、「やるべきことをやっているだけ」と見なされがちで、評価されにくいケースがあります。

課題を解決するための3つの基本アプローチ

  1. 業務棚卸しと優先度の明確化
    まずは事務職が担っている業務を細かく洗い出し、重要度と頻度、必要なスキルを可視化することが重要です。「経理業務」「給与計算」「保育料管理」「行政への報告」「書類整理・ファイリング」などの項目をリスト化し、経営者や人事担当者と事務職本人が共有することで、評価対象があいまいにならないようにします。
  2. 定量評価・定性評価を組み合わせる
    事務職の評価では、「ミスの少なさ」「締切遵守率」「作業スピード」など定量化できる部分はしっかり数値化し、加えて「問題解決力」「チームワーク」「改善提案の積極性」など定性的な観点も取り入れるのがポイントです。単純なスピード評価だけではなく、正確性やリスク管理能力を併せて重視することで、公平性と納得感を高められます。
  3. 業務改善・効率化の指標を導入する
    事務職は現場の保育士や管理職とはまた違う視点で、組織全体の効率化やコスト削減に貢献できます。たとえば「●●な書類のデジタル化提案を行い、処理時間を◯%短縮」など、改善提案や実行度合いも評価項目に含めることで、事務職が主体的に動くモチベーションを高めましょう。

3. デスクワーク中心の事務職向けの人事評価制度設計ポイント

上記のアプローチを踏まえ、事務職特有の評価設計をどのように行うかを、具体例を挙げながら解説していきます。

定量評価の主要ポイント3選

  1. 業務の正確性・期限遵守率
    • ミスの件数やクレーム件数:経理処理の入力ミスや支払遅延、保護者への誤った請求などがどれほど少ないかを数値化する
    • 提出期限の遵守率:書類やデータ提出を期日通りに行えているか
      これらは「当たり前」のようでいて、忙しい中小保育園の事務においては高いスキルが求められる重要項目です。
  2. 業務量・処理スピード
    • 1日の処理可能な書類件数、または月次決算に要する日数などを指標化
    • 月間のタスク完遂率:事務スタッフ一人あたりの抱えるタスクを一覧化し、予定通り完了しているかチェック
      単にスピードを上げるだけでなく、同時に正確性も確保する必要がある点に留意しましょう。
  3. 業務改善・コスト削減成果
    • デジタル化やペーパーレス化によるコスト削減率
    • 新たなシステム導入で手作業を削減できた分の工数
      組織全体の業務効率に寄与した度合いを数値化することで、事務職の“隠れた貢献”を評価できます。

定性評価の主要ポイント3選

  1. コミュニケーション・協調性
    事務職は保育士や主任、園長とのやり取りはもちろん、保護者や取引先(文具・備品の発注先など)とも連携が必要です。適切な言葉遣いや報告・連絡・相談のタイミング、助け合いの姿勢などを観察し、質的に評価します。
  2. 問題発見・解決力
    業務を進める中で疑問点や課題をただ放置せず、自ら情報収集や提案を行い、問題解決に向けて行動しているかを評価します。事務職の視点での改善策や、保育士には気づきにくい課題を早期にキャッチする力が重要となります。
  3. 主体性・提案力
    ただ指示を待って仕事をこなすのではなく、「園内の効率を上げるにはどんな取り組みが必要か」を考え、積極的に提案できる姿勢を評価対象としましょう。保育士や管理職とは異なる立場だからこそ見えてくる問題点やアイデアを活かすことで、組織全体の業務品質を高められます。

評価結果の活用方法

昇給や賞与だけではなく、キャリアパス構築に活かす

  • スペシャリストコースと総合職コース
    事務職としてさらに専門性を高める「経理・人事のスペシャリストコース」や、広報や企画にも携わる「総合職コース」など、キャリアパスを複線化することで、意欲的なスタッフにとって将来の展望が描きやすくなります。
  • 役職やリーダーポジションへの昇格
    園の規模拡大に伴って事務チームを増やす場合や、新規事業を立ち上げる場合など、事務職リーダーや事務部門マネージャーを配置する可能性もあります。評価制度で高評価を得たスタッフには、チームリーダーや新人教育担当など、新たな役割を与えることでモチベーションアップに繋がります。

スキルマップや資格取得支援制度との連動

  • ITスキルや経理資格の支援
    経理・総務系の資格(簿記、社会保険労務士など)やITスキル(エクセルのマクロ活用など)の取得を支援し、評価制度とリンクさせることで、スタッフの成長を促進します。
  • 事務職向け研修プログラムの整備
    コミュニケーションやビジネスマナー、クレーム対応術など、保育士とは異なる研修ニーズに合わせたプログラムを組み込み、評価制度と連動させるのも有効です。

4. デスクワーク中心の事務職向け 人事評価制度の活用事例

ここでは、実際に事務職向けの人事評価制度を導入し、効果を上げた中小保育園の事例を2つご紹介します。組織の事情に合わせて運用方法をカスタマイズしながら、自園に合った仕組みを検討してみてください。

事例1

導入背景

  • 事務スタッフの離職とノウハウの属人化
    A園では、事務を担当していたスタッフが急に退職し、残された経理・給与計算などのノウハウが未整備だったため、園運営が一時的に混乱しました。これをきっかけに、「事務業務の見える化と適正評価」を行う必要を痛感し、人事評価制度を導入することに。
  • 業務量増加に伴う効率化の必要性
    園児数の増加や新しい補助金申請などで事務作業が膨大になり、スタッフ一人ひとりがどれほど負担しているか把握しにくい状況に。そこで、業務棚卸しと評価制度の導入を同時に進めることになりました。

導入内容

  1. 事務業務の棚卸しと優先度の設定
    経理、総務、書類管理、保護者対応など、事務職が行う業務を細分化してリスト化。各タスクの重要度と締切、必要スキルを明確にし、評価軸を整備しました。
  2. 定量評価+定性評価シートの導入
    • 定量評価:締切遵守率、ミス件数、提案の実施回数、業務改善によるコスト削減額など
    • 定性評価:コミュニケーション力、問題発見・解決力、主体性・提案力
      この2つのシートを半期に一度使って評価し、スタッフ本人とのフィードバック面談も実施。
  3. 改善提案にインセンティブを付与
    ITツールを導入して書類のデジタル化を図ったり、支払方法の見直しで手数料を削減したりなど、事務効率化に貢献した提案を積極的に評価。成果が実際に出た場合、賞与や一時金に反映するルールを設定しました。

効果

  • 事務スタッフが自分の業務範囲や優先度を明確に把握できるようになり、業務の遅延やミスが減少
  • ノウハウが共有される仕組みが整い、「誰かが突然退職しても業務が回らなくなる」というリスクが軽減
  • 改善提案が活発化し、書類作成の自動化やペーパーレス化が進んだ結果、保育士への書類依頼もスムーズに。現場からは「事務手続きの負担が減って助かる」との声が多く上がった。

事例2

導入背景

  • 事務スタッフのモチベーション低下
    B園では、事務スタッフが保育補助的な業務にも駆り出されることが多く、**「ただ雑用ばかりで正当に評価されていない」**という不満が蓄積。一方、園長や主任は保育現場の多忙さに追われ、事務スタッフが抱える不満を把握しきれていませんでした。
  • 業務が“ブラックボックス化”していた
    事務所に山積みの書類を片付けるのが精一杯で、どんな手順で、どのタイミングで、誰が何を処理しているのかが把握されず、園全体で改善の余地を議論できない状態。離職リスクを感じた経営者が評価制度導入を決断しました。

導入内容

  1. チーム評価の導入
    個人単位の評価に加え、チーム(事務担当複数名+主任保育士1名など)で設定した目標達成度も評価対象に。行事の書類準備や保護者対応の窓口業務など、「現場と事務が連携して行うタスク」をチームで管理し、成果を共有する仕組みにしました。
  2. 評価面談によるコミュニケーション強化
    半年に一度の評価期間後には、園長(または副園長)と事務スタッフが1対1で面談を行い、困っていることや業務負担をヒアリング。評価結果を踏まえ、必要に応じて業務分担の見直しや研修参加の検討を行うようにしました。
  3. キャリアパスの提示
    事務スタッフの中に、保育補助業務を経験したい人と、事務専門でスキルアップしたい人が混在していたため、**「保育事務兼任コース」「事務スペシャリストコース」**を作り、研修プログラムを分けました。それに伴い、評価制度も微調整して各コースの特性を反映させています。

効果

  • 事務スタッフが保育補助に入る際も「本来の業務のどの部分を誰がフォローするか」が明確になり、業務の属人化が軽減
  • チーム評価の導入によって、保育士側からも「事務スタッフがやってくれていること」を正しく理解し、感謝や協力が増えたと好評。
  • キャリアパスが明確になったことで、事務スタッフのモチベーションが向上。保育への興味が強い人は保育補助コースで経験を積み、事務スキルに集中したい人は資格取得支援を受けるなど、各人に合った働き方が実現し、離職率が改善した。

5. まとめ

本コラムのポイント

  1. デスクワーク中心の事務職特有の評価項目の設定
    保育士や管理職とは違う視点が求められる事務職では、正確性や期限遵守、業務改善の提案などが重要な評価軸となります。また、複数の業務を兼務する特性から、業務の棚卸し優先度の明確化が大切です。
  2. 評価制度の導入・運用で得られる効果
    • ミスの減少や業務効率化
    • 事務スタッフのモチベーション向上や離職率低下
    • 保育士や管理職との連携強化
    • 組織全体の生産性と保育品質の向上
      こうしたメリットが期待でき、園の経営基盤を安定させるためにも欠かせない施策となります。

制度導入・運用における今後のステップ

  1. 評価制度の継続的な見直し(経営方針・事業規模の変化に合わせる)
    園の規模拡大や業務範囲の変更に伴い、事務職が担う役割も進化していきます。定期的に評価項目を見直し、実態に合った運用ができているかをチェックしましょう。
  2. キャリアパス制度との連動性を強化して次世代人材の育成
    事務職にもスペシャリストや管理職候補が存在します。評価制度を通じてその潜在力を見出し、チームリーダー職や総合職としてキャリアアップできる道を示すことで、長期的な定着と人材育成に繋げましょう。
  3. デスクワーク中心の事務職特有の事情を考慮した人事評価で業績向上を狙う
    ミスの少なさや業務スピード、コスト削減だけでなく、組織全体の効率化と品質向上に寄与する事務職の働きは、中小保育園の業績にも直結します。事務スタッフが自分の役割を理解し、主体的に行動できるように支援する評価制度を整えることで、保育の現場との相乗効果が生まれるでしょう。

これで「第6回:保育園に特化!デスクワーク中心の事務職に活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介」を締めくくります。保育の現場を支える“縁の下の力持ち”である事務スタッフを正当に評価し、そのモチベーションや能力を最大限に引き出すことは、中小保育園の経営安定と保育品質向上にとって欠かせない要素です。

これまでの連載コラムと併せて、各職種の特性を踏まえた人事評価制度の設計・運用を行い、園全体でより良い保育環境と働きやすい組織風土を育んでいきましょう。デスクワーク中心の事務職が担う大きな役割を再認識し、業務の見える化やキャリアパスの提示など、具体的な仕組みを整えることが成功への第一歩となります。ぜひ本コラムを参考に、自園の改革に取り組んでみてください。

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