- 税理士事務所に特化【第1回】| 成功する評価基準と運用ポイント
- 税理士事務所に特化【第2回】| 人事評価制度を導入するメリット、デメリット
- 税理士事務所に特化【第3回】| 税理士に活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介
- 税理士事務所に特化【第4回】| 税理士補助に活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介
- 税理士事務所に特化【第5回】| 会計スタッフに活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介
- 税理士事務所に特化【第6回】| 営業職に活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介
- 税理士事務所に特化【第7回】| 税務コンサルタントに活用できる人事評価制度のポイントと事例紹介
- 税理士事務所に特化【第8回】| 効果的な人事評価制度の導入と成功の秘訣

1. はじめに
1-1. 本コラムの目的と背景
これまでの連載では、税理士事務所における人事評価制度の必要性や、税理士・税理士補助・会計スタッフを対象とした評価制度のポイントを詳しく見てきました。いずれの職種も事務所の運営に欠かせない存在ですが、今回取り上げる「営業職」については、新規顧問先の開拓 や 既存顧客への追加提案 など、事務所の売上拡大に直接的に貢献する役割が期待されます。
しかし、税理士事務所では必ずしも営業担当を配置しているわけではなく、所長やパートナークラスが自ら営業を兼任しているケースもあります。また、いわゆる「営業専門職」として採用された場合でも、評価基準があいまいで、思うように成果を出しきれない、あるいは成果が正当に評価されないといった課題が生じやすいのが実情です。本コラムでは、営業職に対する人事評価制度をどのように設計・運用すればよいかを具体的に解説し、事務所の発展につなげるヒントを提供します。
1-2. 営業職を取り巻く課題と重要性
税理士業界では、従来から「口コミ」や「紹介」に頼った営業が主流でした。しかし、近年は競合他事務所との競争激化 や インターネット・SNSを介した情報収集 が一般化し、顧問先のニーズが多様化 しています。こうした背景から、新規開拓のためのマーケティングや提案活動を本格的に行う営業職の重要性が増しています。
さらに、既存顧客に対しても、単なる税務申告や決算業務だけではなく、経営コンサルティングや資金調達サポートなどの付加価値サービスを提案できるかどうかが、事務所の成長を左右する時代です。そのため、営業職が提供サービスを深く理解し、ニーズに合わせて提案する能力が求められます。一方で、これらを正しく評価できる仕組みが整っていないと、採用した営業担当が短期間で離職 してしまったり、事務所側が十分に営業活動を活用しきれない といった問題を抱える恐れがあります。
1-3. 税理士事務所における「営業職」への人事評価制度の導入状況
1-3-1. 営業職の評価が後回しにされやすい理由
税理士事務所における営業職は、まだまだ新しいポジションと捉えられるケースが少なくありません。そのため、明確な評価制度が用意されないまま「とりあえず営業活動をやってみてほしい」と担当を任されることがしばしばあります。また、税理士業界特有の「人脈や紹介頼み」の文化が根強い場合、営業職が行うマーケティング活動や顧客開拓の成果を数値化しにくいと感じられ、評価を曖昧にしてしまいがち という状況が生まれやすいのです。
1-3-2. 経営者・人事担当者が感じる評価の難しさ
営業職の評価制度を導入しようとする際、多くの経営者・人事担当者は以下の点で悩みを抱えます。
- 売上以外の貢献をどう評価するか
新規契約数や売上金額は分かりやすい指標ですが、顧客満足度向上や追加提案、リレーションシップ構築など、定量化が難しい要素を適切に扱う方法が課題となります。 - 評価期間と成果のタイムラグ
営業活動は短期的に成果が出るわけではなく、中長期的な視点で見ないと判断を誤る可能性があります。評価タイミングとの整合性をどう取るかは重要なテーマです。 - 専門知識との連動
税理士事務所の営業は、単純な営業スキルだけではなく、税務・会計・コンサルなどの専門知識をある程度把握する必要があります。どこまでの専門性を求め、どのように評価に組み込むかが難しい点です。
次章では、これらの評価上の難しさをさらに具体的に掘り下げ、どのように対策すべきかを整理します。

2. 営業職の評価が難しい理由とその対策
2-1. 営業職の人事評価が難しい3つの事情
- 契約・売上成果が一概に個人の手柄と紐づけられない
税理士事務所の営業成果は、提案内容の専門性や事務所ブランド、他スタッフからのサポートなど多くの要素が絡み合って決まります。「営業担当が優秀だったから契約が取れた」というケースばかりではなく、成果を個人だけに帰属させにくい という特徴があります。 - 中長期的な顧客開拓や関係構築が必要
税務顧問契約やコンサル契約は、顧客との長期的な信頼関係をベースに成立することが多く、短期的な営業目標だけでは測りきれません。数カ月~数年単位で顧客との関係を育むため、評価の期間設定や指標が流動的になる傾向があります。 - 営業と専門知識の融合度合い
多くの営業職は一般企業での営業経験を活かす形で採用されることが多いですが、税理士事務所特有の業務知識・サービス内容を理解するのには時間がかかります。専門知識不足によって提案の説得力が欠ければ成果につながりにくく、評価と育成をどのように並行して進めるか がポイントとなります。
2-2. 課題を解決するための3つの基本アプローチ
- 売上以外のKPI(Key Performance Indicator)を設定する
営業職の評価で最もイメージしやすいのは「新規契約件数」や「売上金額」ですが、これだけでは中長期的な取り組みや顧客満足度、社内連携への貢献度を評価できません。そこで、商談数や提案件数、顧客からの評価アンケート結果 など、複数のKPIを組み合わせてバランスよく評価する仕組みを作ります。 - 評価期間を長期スパンで設計し、定期的に進捗を確認する
短期的な目標達成だけでなく、半年・1年単位 など中長期的なプロセスを踏まえた評価体制が重要です。そのうえで、四半期ごとに定期的な面談や進捗報告を行い、評価者と被評価者が認識をすり合わせる機会を設けることで、タイムラグを最小化します。 - 専門知識習得と営業スキルを両輪で育成する
営業職を採用したからといって、専門知識をすべて税理士や補助スタッフ任せにしていると、提案の質が上がりにくいだけでなく、営業担当と技術スタッフの連携不足 を生む原因にもなります。営業職にも基本的な税務知識や会計知識を学ばせる研修を導入し、その習熟度も評価項目に含めると良いでしょう。
3. 営業職向けの人事評価制度設計ポイント
3-1. 定量評価の主要ポイント3選
- 新規顧客獲得数・売上金額
営業の成果を数値化する最も分かりやすい指標です。ただし、あまりにこの数字のみを重視しすぎると、短期的な契約確保や過剰なディスカウントにつながるリスクがあるため、後述の定性評価と組み合わせる ことが大切です。 - 提案件数・商談件数
契約に至らなかった案件も含め、どれだけ新たな可能性を創出したかを見る指標です。営業職が「攻めの姿勢」を保っているかどうか、チームや他のスタッフを巻き込みながら活動できているかを測る材料となります。 - クロスセル・アップセル率
既存顧客に対して追加サービスやコンサル契約を提案し、契約を拡大できているかを示す指標です。新規営業だけでなく、既存顧客への対応力も高めるために、評価制度の中でクロスセル・アップセル率を位置づける事務所が増えています。
3-2. 定性評価の主要ポイント3選
- 専門知識の習得度・活用度
税理士事務所の営業は、税務や会計の知識、さらには経営支援やコンサルティングに関する知識を総合的に活かす場面が多いです。営業担当が必要な基礎知識を学び、それを実際の提案にどう活かしているかを評価することで、専門性の強化 を促せます。 - 社内外とのコミュニケーション・連携力
営業担当が単独で案件を完結することは難しく、税理士や補助スタッフのサポートが不可欠です。チームメンバーとの情報共有の頻度や質、顧客との信頼関係構築、フィードバックの仕組みづくりなど、定性的に評価できる指標を設けましょう。 - 中長期的な戦略策定と実行力
単なる営業活動にとどまらず、マーケティングや事務所のブランド強化 に関わる戦略をどの程度考え、行動に移せているかという視点も大事です。セミナー開催やウェブ集客の仕組みづくりなど、営業担当が主体的にイニシアチブを発揮したかどうかを評価すると、事務所の未来像を一緒につくっていく意識が育ちます。
3-3. 評価結果の活用方法
3-3-1. 昇給や賞与だけではなく、キャリアパス構築に活かす
営業職の成果は目に見えやすい分、昇給・賞与へ直接的に反映しやすい面があります。しかし、数字重視の評価のみ では、長期的な視点に立った営業活動が疎かになりがちです。評価結果から判明した強みや課題をもとに、営業職としてのキャリアパス(マネージャー、リーダー、専門分野の営業プロなど)を提示し、モチベーションを高める仕組みを整えましょう。
3-3-2. スキルマップや資格取得支援制度との連動
専門知識不足が成果を阻む大きな要因になりうるため、スキルマップ を作成し、営業職に求められる会計・税務・コンサル関連の知識レベルを明確化する方法が有効です。例えば、簿記資格や税理士試験の一部科目受験などを奨励し、合格時には評価や報酬に反映する制度を整えると、営業スキルと専門知識の両輪 で成長できる体制が構築できます。

4. 営業職向け 人事評価制度の活用事例
ここでは、実際に税理士事務所が営業職の評価制度を導入し、成果を上げた2つの事例を紹介します。いずれも、事務所の規模や経営方針は異なりますが、営業職特有の評価指標を整備し、定量・定性の両面から成果を捉えた ことで大きな効果を得ています。
4-1. 事例1
4-1-1. 導入背景
A事務所はスタッフ30名規模の中堅税理士法人で、業種特化型の税務コンサルを強みとしています。新規顧問先の開拓を促進するために2年前から営業専門職を採用しましたが、当初は「どの業種にアプローチすべきか」「提案内容をどう設定するか」などが曖昧なまま進められ、営業担当も手探り状態でした。結果として、思うように新規契約が増えず、社内では「結局、これまで通りの口コミ頼みでいいのでは」といった声も上がり始めていました。
4-1-2. 導入内容
そこでA事務所では、外部コンサルティング会社の助けを借りながら営業職向けの評価制度 を一から設計。まずは「新規契約件数」「提案件数」「既存顧客への追加契約数」などの定量指標を設定すると同時に、「業種別専門知識の習熟度」「税理士や補助スタッフとの連携度」「営業プロセスの改善提案」を定性評価の項目に盛り込みました。さらに、評価期間を半年単位とし、四半期ごとの面談を実施することで、短期目標と中長期目標を両立させる仕組みを整えました。
導入後、営業担当は「とりあえず契約を取りに行く」のではなく、事務所の強みを理解したうえで業種特化のコンサル提案 を積極的に行うようになりました。結果として、1年目は新規契約件数こそ目標に届かなかったものの、2年目には顧問先の追加契約(コンサルや相続対策など)が大幅に増え、総売上が前年対比20%アップという成果を上げています。評価制度を通じて営業担当者の専門知識習得や社内連携が進み、長期的な顧客関係を構築できたのが成功の鍵でした。
4-2. 事例2
4-2-1. 導入背景
B事務所は所長税理士とスタッフ数名の小規模事務所で、従来は所長自身が営業も兼任していました。しかし、所長が業務過多となり、新規案件の獲得が頭打ちに。そこで初めて営業専任スタッフを採用しましたが、具体的な評価指標や育成方針が定まっておらず、採用後半年程度でスタッフがモチベーションを失ってしまう状況に陥りました。
4-2-2. 導入内容
B事務所では、まず所長の営業スタイルや顧客層の特徴 を整理し、採用した営業担当がフォローしやすい形にナレッジをまとめました。そして、新たに「営業活動目標シート」を作成し、週単位でのアクションプランと月単位の成果指標を定義。定量指標としては「問い合わせ件数」「商談化率」「成約率」を設定し、定性指標には「所長や補助スタッフとの連携度」「顧客満足度」などを盛り込みました。
導入後、営業担当は「今週は〇社にアプローチする」「見込み顧客リストをアップデートする」など具体的な行動目標を持って動きやすくなり、面談のたびに所長からフィードバックを受けられる体制が整いました。その結果、営業担当は自分が事務所に貢献できている感覚を得られ、モチベーションが向上。1年目後半からは問い合わせ件数が安定して増え、成約率も改善に成功しました。小規模事務所ながら着実に新規顧客を獲得できるようになり、業務負担の偏りも解消された事例です。
5. まとめ
5-1. 本コラムのポイント
- 営業職特有の評価項目の設定
- 定量評価:新規契約数、売上金額、商談件数、クロスセル・アップセル率など
- 定性評価:専門知識の習得度、社内連携・コミュニケーション力、中長期的な戦略立案・実行など
- 短期成果に偏らず、長期的な顧客関係構築や専門知識の活用度も重視することで、総合的な営業力を評価できる。
- 評価期間の設定や面談の頻度を工夫し、タイムラグや目標未達のリスクを軽減
- 四半期ごとに進捗を確認し、1年単位で総合的に成果を評価するなど、短期と長期の両面で指標を設計。
- 定期的な面談を通じて、お互いの認識を擦り合わせることで、営業担当が孤立するのを防ぎ、事務所全体で営業を支援する体制を構築する。
- 専門知識と営業スキルの両立を目指した育成と評価
- 営業職にも税務・会計の基本知識を習得させる研修や資格取得支援制度を用意し、それを評価制度に反映させる。
- 顧客に対して質の高い提案を行うためには、内部の税理士や補助スタッフとの連携が欠かせない。評価制度を通じて、チームワークの強化を促す仕組みを作る。
5-2. 制度導入・運用における今後のステップ
- 評価制度の継続的な見直し(経営方針・事業規模の変化に合わせる)
- 事務所の経営方針や規模が変化すれば、求められる営業戦略も変わる。定期的に評価項目や目標値をアップデートし、現実に即した制度運用を心がける。
- 営業担当本人だけでなく、税理士や補助スタッフなど、周囲の声も積極的に収集し、制度改善に活かす。
- キャリアパス制度との連動性を強化して次世代人材の育成
- 営業職として実績を積んだ人材を管理職やマネージャーとして登用する、あるいは専門分野の営業プロフェッショナルとして育成するなど、多様なキャリアパスを提示する。
- 昇給や昇進の基準を明確化し、営業担当が中長期的なビジョンを持って働ける環境を整えることで、離職率の低下と組織力強化を同時に実現する。
- 営業職特有の事情を考慮した人事評価で業績向上を狙う
- 税理士事務所の営業は、他業界の営業と比べて専門性が高く、中長期的な関係構築が重要。これらの特性に合わせた評価制度を導入することで、事務所の安定的な売上拡大と顧客満足度向上につなげる。
- 営業担当の業務が事務所全体のブランディングや付加価値サービス開発に及ぶことを踏まえ、評価を単なる「成果物計測」ではなく「組織の成長への貢献度を可視化する仕組み」として運用する。
税理士事務所における営業職は、業界の変化とともに今後ますます重要性が高まると考えられます。一方で、従来の「紹介頼み」「専門知識は税理士に任せる」といったスタイルから脱却し、営業担当が積極的に新規顧客開拓やコンサル的な提案 を行うためには、適切な人事評価制度が不可欠です。本コラムで紹介したポイントや事例を参考に、短期成果だけでなく長期的な顧客関係や専門知識習得を評価 する仕組みを構築し、事務所全体の成長を支える営業力を高めていただければ幸いです。
営業職の評価制度は、一度設計して終わりではありません。事務所の方針や顧客のニーズが変化するなかで、評価項目や仕組みを見直しながら、スタッフのモチベーションを高める仕掛け を継続的にアップデートしていくことが大切です。そうした努力の積み重ねが、結果的に新たな顧問先の獲得やサービスの拡充につながり、組織全体の競争力を高める原動力となるでしょう。

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